2009年01月30日

tabi0061 ピエール・バイヤール「読んでいない本について堂々と語る方法」

書物が知識だけでなく、記憶の喪失、ひいてはアイデンティティーの喪失も結びついているということは、読書について考察を加えるさいにつねに念頭に置いておかなければならない要素である。(中略)創造そのものが、その対象が何であろうと、書物から一定の距離をとることを要求する。というのも、ワイルドが示しているように、読書と創造のあいだには一種の二律背反が見られるのであって、あらゆる読者には、他人の本に没頭するあまり、自身の個人的宇宙から遠ざかるという危険があるのだ。読んでいない本についてのコメントが一種の創造であるとしたら、逆に創造も、書物にあまり拘泥しないということを前提としているのである。P70,218
ピエール・バイヤール「読んでいない本について堂々と語る方法」(筑摩書房 2008)


本読みの方なら「読んでいない本について堂々と語った」経験は1度や2度ではないだろう。自らの有限な人生において、書籍を読む事と、自らを読む事の統合作業は極めて大切です。関連すると、必読書という概念は怖いものです。「これを読まなくていけない!」という社会的な義務感に縛られた読書を続けていくと、気がつくと生気が吸い取られている。積まれた書籍がプレッシャーとなり、自己否定感に襲われてしまうのかな。

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読む事は忘れ続ける事であり、自らの自己を変容(脱臼)させ続ける<クセ>になることも。

■ 参考リンク
読書論の極北
「読んでいない本について堂々と語る方法」はスゴ本
本を買ったが読まずに積んでそのままにしてしまう「積ん読」を防ぐ3の方法



■ tabi後記
天気が悪いが暖かい。明日で1月も終わりです。
posted by アントレ at 23:30| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月29日

tabi0060 スタンレー・ミルグラム「服従の心理」

本書の基本的なメッセージとは、「服従は悪いことだ」というものである。服従という心理的メカニズムにより、人は批判能力をなくし、反社会的なことや非人道的なことを平気でやってしまう。したがって安易な権威に服従せず、自分の道徳観や価値観を常に貫徹させるべきである、ミルグラムは主張する。だが、これは妥当と言えるだろうか。(中略)服従とは、ミルグラムの示唆するような冷たい文章の上意への隷属ではなく、実は信頼の裏返しなのだ。P313-4 訳者解説
スタンレー・ミルグラム「服従の心理」(河出書房新社 2008)


「影響力の武器」でも参照されているミルグラムの実験。通説的な本書の理解は、「正常で心理学的に健康な人たちの多くが、権威者からの命令されると、自分の意に反して進んで危険で極度の痛みを他者に与える。つまり、権威からの要求に服従させるような強い圧力が私たちの社会に存在することがわかる」というものだ。

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しかし、訳者の山形は服従と信頼は表裏の関係にあると論ずる。詳細は本書を見て頂きたいが、初動の原因は権威による力が働いたのかもしれないが、それ以後の継続的行いは彼らが内発的動機によって行ったのでは?という着想である。

■ 参考リンク
「服従の心理」はスゴ本



■ tabi後記
書籍を読む時間よりも思考する時間(自分を読む)を大切にしたい。その考えを再認識出来たのが、次に書評する「読んでいない本について堂々と語る方法」である。お勧めです。
posted by アントレ at 22:25| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

tabi0059 中西寛「国際政治とは何か」

「国際政治」は以下の三つの位相が混ざり合ったものと捉えることができる。その三つを「主権国家体制」、「国際共同体」、「世界市民主義」と呼ぼう。(中略)「主権国家体制」という位相は、(1)主権国家が国際政治の唯一の基本単位である、(2)主権は不可分かつ不可譲であり、国内社会では至高の存在であり、互いに対等である、(3)個人の自由は自らが同意する主権国家をもつことで実現される、といった考え方を骨子としている。(中略)「国際共同体」のイメージは、(1)主権国家は国際政治の基本単位だが唯一の主体ではなく、国際機構、社会集団や個人も一定の範囲で国際政治の主体たりうる、(2)主権は少なくとも部分的に分割、委譲可能である、(3)国際社会の諸アクターは一定の価値、目的を共有しうる、と考える点に特徴があるのである。(中略)第三の位相として、「世界市民主義」が登場する。これは(1)国際社会においても基本単位は個人である、(2)国家は擬制に過ぎず、個人は世界に帰属する、(3)平和は世界の(政治的、社会的、精神的)統一によって達成される、といった内容を骨子とする考え方である。(中略)国際政治を理解し、その中で行動することとは、この抜け出しがたいトリレンマの存在を確認した上で、最善の政策を選択していく作業にほかならない。P24-26
中西寛「国際政治とは何か」(中公新書 2003)


tabi53の影響が手伝って"国際政治"に関心の火が灯つようになった。本書によって一般言説を把握する事は出来たが、アタリの書籍のような躍動感は味わえない。引き続きtabiをしていこう。

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■ 参考リンク
雑読すんの書評コーナー「書海への旅 航海記録」



■ tabi後記
明日から読書傾向を変更していきます。
posted by アントレ at 22:20| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0058 下條信輔「サブリミナル・インパクト」

二〇年前に較べると、選択肢の増大と市場デモクラシーによって、米国家庭の生活は疑いの余地なく豊かになった。たとえば皿洗い機のある家庭は九パーセントから五〇パーセントに、洗濯物乾燥機のある家庭は二〇パーセントから七〇パーセントになっている。それなのに、平均的米国人は心理的には孤立感、無力感を深めている。これはなぜか。シュワルツ(「なぜ選ぶたぶに後悔するのか」著者)によれば、このパラドクスにはふたつの解釈があり得ます。まず第一、選択とコントロール(自己統制感)の経験が広がり、深まるにつれ、それに見合うように期待も増す。制約がひとつひとつ壊されるにつれ、まだ残っている制約がよりいっそう不愉快に感じられる。というわけで、いたちごっこ、というより事態はむしろ悪化するという解釈がひとつ。そして第二の解釈は、単により多い選択肢がより大きな自由を意味するとは限らないという原理的な点です。P147
下條信輔「サブリミナル・インパクト」(ちくま新書 2008)


tabi19tabi28で取り上げた下條さんの新刊です。論点は前2冊を読めば十分だと思いますが、アップデートされた研究結果を確認する意味で読んでみてほしい。

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■ 参考リンク
過剰な「選択の自由」と、広告の役割



■ tabi後記
本日で今期テスト/学校が終了。今日から2ヶ月間は勝負です。
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2009年01月26日

tabi0057 吉田たかよし「「脳力」をのばす!快適睡眠術」

残念ながら、万人に当てはまる理想的な睡眠時間は存在しないというのが医学研究の結論です。(中略)一人ひとりにとって理想的な睡眠時間を平均すると、7時間30分程度になるのは事実です。しかし、だからといって、あなたが7時間30分の睡眠をとればそれでよいというわけではありません。(中略)睡眠の一サイクルが90分だというのは、あくまで平均です。実際には個人差があり、短い人だと80分、長い人だと110分ということもあります。P131,147
吉田たかよし「「脳力」をのばす!快適睡眠術」(PHP新書 2006)


起床時に「起床時間」と「就寝時間」を記し、就寝前に日中の気分、日中の精神的肉体的活動。日中の眠気を1-5点でチェックする。これを2週間続ければ、"あなた"の睡眠サイクルと適切な睡眠時間が分かるだろう。平均の罠にとらわれてはいけない。2週間の記録結果から何をどのように解釈し、その後にどうすれば良いのかは次の機会に話したい。(画像には全くデザイン要素を入れてないので、改良プラン希望。行動科学な考えも付け加えたい。)

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以前サーカディアンリズムを取り戻す上で、光刺激起床法が良いことを書いた。それは、視交叉上核をはじめとした体内時計を調整するためである。

■ 参考リンク
日本時間生物学会
深田研究室 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻
柴田研究室 早稲田大学先進理工学研究科電気・情報生命工学科
岩崎研究室 早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科



■ tabi後記
一日生きることは、一歩進むことでありたい。【湯川秀樹】
posted by アントレ at 22:58| Comment(3) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月25日

tabi0056 三谷宏治「正しく決める力」

『重要思考』の第一ステップ、大事なコトから考える、は体感できただろうか。慣れれば決して難しいことではない。「差」に流れず、その「重さ」を常に気にすることだ。

・何かを考えるときには必ず「それって大事だったけな」と自分に突っ込む

・人に話すときには必ず「そもそも○○が大事で、だから○○でこんな差をつけた」と必ず「大事であること」を最初に言う

ピラミッドもフレームワークも何もない。たったそれだけのことに、気をつけることで身に付く、しかし最強の力だ。自らへの問い、「それは大事か?」を心に刻もう。P39
三谷宏治「正しく決める力」(ダイヤモンド 2008)


考えがまとまってスッキリした。本書のキーワードを僕の言葉に変換すると、「重要思考」は「戻るべき問い(前提)をもてい!」ということで、「Q&A力」は「ロジックを乱し/乱すことを歓待/率先せい!」になり、「喜捨法」は「捨てずして何を拾う?」になる。自分/組織にとって切実なものをえぐり出す思考。その法則をまとめている書籍です。

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もったいないと思った点は、「章の入魂/ペース/配分」です。1章に力を注いだためか(それだけ「大事なコト」だったと察する)、後半になるにつれて失速感、文脈が斬られる感じをおぼえてしまった。具体的な部分としては、Webでの連載コラムを転載していることも影響していると思います。

また本書では「大事なコト」があっさりと決まるのだが、「誰にとって」を考えた時に、事業目標が決まっている組織において「重要思考」をする事と、個人のキャリアを考える際に「重要思考」をする事が同じレベルで論ぜられるのか?と思った。この疑問が浮かんだのは、自分ルール(主観)を持ち合わせた人でないと、チーム主観によって世界に眠る客観(潜在ルール)を掘り起こすことは出来ないと思っているからだろう。(深さや濃度のレベルは計れないので、なんともいえない)

■ 参考リンク
三谷宏治 金沢工業大学大学院 教授
私事歳時記@はてな



■ tabi後記
火曜日で大学4年間が終わる。私はもう1年行くのだが^^;
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2009年01月24日

tabi0055 藤本篤志「御社の営業がダメな理由」

三十分の面談というと易しいことのように思われるかもしれません。 しかし実際にヒアリングを行ってみると思いのほか長く、果たして、毎日、家庭で奥さんとそれだけの時間、正面から向き合って会話している人がどれだけいるでしょうか、というくらいの時間です。(中略)三十分間、上司との話を持たせるためには、やはりそれなりに仕事が前方に進展しているという状況の変化が必要です。つまり、このヒアリングは、営業マンが実質的な意味で仕事をしていないとどうやってもぼろが出てしまう仕組みなのです。P129
藤本篤志「御社の営業がダメな理由」(新潮新書 2006)


書評をするか迷いましたが、読者ターゲットの違いと思い込んで納得しました。本書の事例として扱われるような企業(チーム)でなければ読まなくて良い。

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本書では、マネジャーのヒアリング業務が改革の肝になっているはずだが、さして論じていない。



■ tabi後記
ムサビの卒制を見に行きました。初めてといっていいほど、同世代のアウトプットに驚異と焦燥感をもった。
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2009年01月22日

tabi0054 アラン・ホブソン「夢に迷う脳」

ここで二つの定理を示したい。(1)心とは、脳内情報のすべてである。(2)意識とは、こうした情報を部分的に脳が自覚することである。(中略)意識が心脳のどこにでも(身体にさえ)在ると言われては、人は不服なのだろうか?熱いコンロに触れたら、神経終末は「わぁ!なんて熱さなんだ。そこから離れた方がいい」とメッセージを送るだろう。手が火口に触れそうになれば、脳を介さない反射作用によって手をさっと引っ込めるだろう。どちらの場合も、私たちは周囲の状況に気づき反応しているのである。これは意識ではないのだろうか?P301-302
アラン・ホブソン「夢に迷う脳」(朝日出版社 2007)


射程の広い議論を行っています。いやあ、良い意味で裏切られた。狂気も夢もどちらも錯乱なのだと、これまでも幾度となく考えてきたが、本書を通じて改めて実感した。(夢にとらわれている時、私たちは気が触れているも同然ではないか!)しかし、これだけの理由では「夢」に関心をよせたわけではない。

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私が夢に関心をもちはじめたのは、「明晰夢体験」ができる人間になったからだ。一時期は、風景、時間、色、身体を自らの思うように変化させることができた。「夢の世界での万能観」と現「実世界での制約観」に悶え苦しんだ時もある。そういった思いをもちながら、各概念をマッピングした。(P111に掲載されているABMモデルを参照する。)

■ 参考リンク
本よみうり堂 評・西川美和(映画監督)
今週の本棚:養老孟司・評



■ tabi後記
これから大学クラスの集まりがある。4年前に出会った彼・彼女も企業社会へ羽ばたいていく。大きく跳んでほしい。
posted by アントレ at 16:22| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0053 ジャック・アタリ「21世紀の歴史」

アジアでは、自らの欲望から自由になることを望む一方で、西洋では、欲望を実現するための自由を手に入れることを望んだのである。言い換えれば、世界を幻想と捉えることを選択するか、世界を行動と幸福を実現する唯一の場であると捉えるかの選択である。すなわち、魂の輪廻転生か、それとも魂の救済かという選択である。(中略)ここで未来への教訓。宗教の教義は、たとえどれほど影響力があったとしても、個人の自由の歩みを遅らせることには成功しなかった。実際に、宗教であろうが宗教から独立した権力であろうが、現在までにいかなる権力も、この歩みを持続的に押し止めることはできなかった。P49-53
ジャック・アタリ「21世紀の歴史」(2008 作品社)


引用部は本書の根幹ではないが、こういった前提を著者がもっていることを明らかにしておく。議論のプラットフォームとなる書籍だと思うので、テクニカルタームで軸を作成した。監視体制/修繕体制、海賊企業/調和重視企業は、ぜひとも本書で確認してほしい。

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「自己監視財」としてのノマドオブジェ(Ex emobile,iphone)と超監視体制から逸脱していく「自己修繕財」(Ex レーシック、美容整形等)の市場推移を保険/娯楽という文脈で語るのが新鮮であった。そして、監視社会(Ex 生態認証)における免罪符(Ex 低温状態に自殺サービス)という概念が興味深い。

■ 参考リンク
763旅その1 ジャック・アタリ『21世紀の歴史』
763旅その2 ジャック・アタリ『21世紀の歴史』



■ tabi後記
卒業研究、期末テストを控えている学生たちよ。共に頑張ろう。
posted by アントレ at 11:44| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

taib0052 山本一郎「情報革命バブルの崩壊」

マーケティングによって、個が求める情報が専門的に与えられることが、結果として個の集団における共通の知識の喪失をもたらすのは、自分の知らない情報や権威、価値に対する拒否反応に他ならない。ただでさえ自分の興味のあるものに対する情報がそこら中に転がっているのだから、自分に関心のないものは積極的には知ろうとはしない。その関心のない領域で何らかの事件や騒動が起きた場合に、自分が関心のないものの価値の有無や真贋など分かるはずがなく、他者の価値を理解できない。理解できないことに対しては、その相手に対する好意がない限りは全体的に否定的な態度を取ることになる。P87-88
山本一郎「情報革命バブルの崩壊」(文春新書 2008)


第2章をよんだ時に「学びからの逃走アーキテクチャー」という言葉が想起された。想起のキッカケになった論理を参照している記事があったのでリンクする。(当ブログで幾度かリンクさせて頂いているが。)

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ディスコミュニケーション社会における処方箋として思い浮ぶのが、プロとプロを繋ぐプロになるという視点である。この度は「ジェネラリスト」と表現させて頂いた。しかし、今回の記事で力点をおきたいのが「カウンセラー」という処方箋だ。「ジェネラリスト」と近いのだが、幾分か違う。それは「阿呆らしさ」がUSPなのである。教えたくなる感を醸し出す能力といったらいいだろうか。もちろんカウンセラーは演出をしているのであり、"演出"とさとられないような演出が出来る。「カウンセラー」という処方箋は、コーチやメンターといった権威的役割ではなく(自らが権威になれてしまうのだから!)、角界における「かわいがり」的な欲望を満たす役割が求められいる。

■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■ tabi後記
tabiも50を超えてきた。日々の思考が鋭敏になっているような気がする。
posted by アントレ at 23:07| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

tabi0051 岩田昭男「「信用偏差値」―あなたを格付けする」

ひとつはプレミアムカードを多く発行して信用の高い優良顧客を囲い込むーこれはすでに実行されているー。さらに一歩進んで、カード返済履歴によって、クレジットスコアという「信用偏差値」をつくり、それによって、利用者を格付けして囲い込んでしまおうという戦略だ。信用の格付けを広く普及させることで、富裕層に有利な社会構造に変えてしまおうというものである。P12
「「信用偏差値」あなたを格付けする」(文春新書 2008)


「貨幣の多様化」、「購買行動をもとにした監視行動」を予期するために読了。中味は薄いが、トレンド把握と割り切って読む。データマイニングに関心がある方は、キャピタルワンを事例にした「その数学が戦略を決める」を読むと良い。

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■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■ tabi後記
09年も5.5%が終わった。みなさまの目標状況はいかがだろうか?
posted by アントレ at 20:44| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0050 中島義道「「哲学実技」のすすめ」

いや、幸福を真実と同じレベルで考えてはならない。いますぐに説明するよ。真実をいつでも貫き通すことはたいへん難しいのだ。だが、だからといって簡単に「しかたがない」と呟いていい問題ではない。このことをカントほど考え抜いた哲学者をぼくは知らない。ぼくは、三〇年以上カントを読んできたが、やっと最近ここに潜む恐ろしく深い根が見えるようになったよ。カントは殺人鬼に追われた友人を匿い、追手から「どこにいるんだ?」と聞かれたときでさえ、嘘を言うべきではないと断言している。友人を場合によっては殺しても嘘をついてはならないと確信している。友情よりも真理が断固優先すべきであることを確信している。この非常識なカントの見解は、予想通りたいへんに評判の悪いものであり、さまざまな人が「融和策」を出そうとした。しかし、ごく最近のことだが、ぼくはカントのこの嘘に関する議論は文字通り受け取っていいのではないかと思い始めた。P141
中島義道「「哲学実技」のすすめ」(角川書店 2000)


中島は「哲学者」マーケットでポジショニングをとれている数少ない人である(思想家にスライドしてきているが)。先日取り上げた「日本語が亡びるとき」に出てきた叡智探究者という概念。この概念を4つに分類してみた。

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叡智探究者には、4つの自己が常に内在していると考えている。それは、哲学者、思想家、宗教者、啓発者である。あなたの中に内在する「哲学者」という自己を認識するうえで、本書は優れている。

■ 参考リンク
[Review]: 「哲学実技」のすすめ
Don't be evil. 邪悪になるな。
最後がおちゃらけにしてあるが…これはとてもよい本だったと思う…



■ tabi後記
正統性を与える概念として「権威→マネジメント→?」の「?」を埋める言葉を探していた。岡田×神田のCDを聞く中で、「ゲームマスター(シナリオライター)」が暫定では良いばと思えてきた。ハメルの議論を発展させる形でまとめていく。
posted by アントレ at 19:22| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

tabi0049 ウォルター・ブロック「不道徳教育」

人々が自由に暮らせるのはよいことであり、自由を否定するのは近代=文明社会の否定だーー。このことは、一部の過激な宗教原理主義者を除けばだれも反対しないだろう。異論がないのは、その命題が「正しい」からではなく、すべての議論の前提になっているからだ。私たちは、生きるうえで「自分は人間である」という前提(これも近代のイデオロギーのひとつ)から出発するしかない。それと同様に、近代というパラダイムが変わらないかぎり、「自由」の価値を否定することもできない。このことをもっとも簡単に言うこともできる。

リバタリアニズムというのは、ようするに次のような政治思想だ。人は自由に生きるのがすばらしい。これに対して、リベラリズムは若干の修正を加える。人は自由に生きるのがすばらしい。しかし平等も大事である。「自由主義」に対抗する思想として保守主義が挙げられるが、それとても「自由」の価値を否定するわけではない。彼らは言う。人は自由に生きるのがすばらしい。しかし伝統も大事である。たったこれだけで現代の政治思想の枠組みが説明できてしまった。アメリカの共和党と民主党が典型だが、二大政党による政治的対立というのは、「自由」をどのように修正するのか(あるいはしないのか)の争いなのだ。P19-20
ウォルター・ブロック「不道徳教育」(講談社 2006)


原書のタイトルは「Defending The Undefendable」(擁護できないものを擁護する)。タイトルどうり、売春婦、シャブ中、恐喝者、悪徳警察官、闇金融といったThe UndefendableをDefendingしていく。

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社会起業家を目指される方には、リバタリアン思考に対して批判精神もちながら読んで頂きたい。1つ1つに批判を行うのは相当体力を奪われる作業だと思いますので、折りに返して本書を読むことを勧めたい。

■ 参考リンク
システムエンジニアの晴耕雨読
ezaka takeru's memo



■ tabi後記
本書をリコメンドされていたhidetoxさんに感謝。
posted by アントレ at 19:10| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0048 堀忠雄「快適睡眠のすすめ」

現代ほど、人の眠りが粗末にあつかわれた時代はない。先進諸国と自負する国々は睡眠不足にあえぐ人々があふれ、人口の三分の一は眠りたいが眠れないという苦しみにあえいでいる。タングステン電球を発明したエジソンは、これで太陽にしがみついた原始的な生活は終わり、人は自由に好きなときにはたらき、好きなときに眠ることができるようになると豪語した。つまり二四時間都市を実現し、夜と昼の束縛から解放されれば、人々は自由に思いきり楽しい生活ができるはずだった。 はじめに
堀忠雄「快適睡眠のすすめ」(岩波新書 2000)


太陽を制約条件と捉えていたエジソンの問題意識に感嘆した。そして、太陽を擬似的に再現出来るようになった今の環境下において、快適睡眠という制約条件を最適化するような方法を開発していきたいと考えている。

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上記の項目は自らが体験しつつあることなので、取材と内省が終了するにつれてBlog上で共有していきたい。

■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■ tabi後記
本書が出版されから8年が経過しているが、amzon906位に位置している!
posted by アントレ at 18:15| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0047 ムハマド・ユヌス「貧困のない世界を創る」

私たちの住む世界では、経済的な不平等が、持たざる何十億人に大きな苦悩を引き起こしている。しかし、不平等の問題に対する明らかな解決策ー開発途上国での急激な経済成長ーは、開発途上国自身に壊滅的な危険をもたらすように見える。私たちは、このダブルバインドを「成長のジレンマ」と呼んでもいいかもしれない。
ムハマド・ユヌス「貧困のない世界を創る」(早川書房 2008)


経済的な不平等に関する統計について考えてほしい。二〇〇〇年に行われた国連大学の世界開発経済研究所の報告によれば、最も豊かな一パーセントの人々が世界の資産の四○パーセントを所有しており、最も豊かな一○パーセントの人々が八五パーセントを所有していた。対照的に、世界の貧しい半分の人口が所有しているのは、この地球上の資産のわずか一パーセントにすぎなかった。

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自由と平等。平等と自由。平等と自由が語られる際に扱われるのは、「経済的不平等」(:Initial Endowment=生まれと育ち=ハビトゥス)と「平等修正可能性」(自由と干渉)である。この概念を時間軸が伴った視点で考えれたのが本書。この2つの概念に決着をつけるような思考を進めていきたい。(軸自体の変更も含めて。)

■ 参考リンク
四半世紀後のために、今日読んでおくべき一冊
病児保育のNPO法人フローレンス代表 駒崎弘樹のblog



■ tabi後記
久しぶりの更新。昨夜は心置きなく話せる方々と新年会でした。そこで得た学びは今後のBlogをつうじシェアしていきたい。
posted by アントレ at 17:22| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

tabi0046 水村美苗「日本語が亡びるとき」

西洋と非西洋のあいだにある非対称関係はこれからもずっと存在し続ける。それはあたりまえです。でも、今、その非対称関係に、それと同じくらい根本的な、もう一つ新たな非対称関係が重なるようになったのです。英語の世界と非・英語の世界とのあいだにある非対称関係です。(中略)一度この非対称性を意識してしまえば、我々は、「言葉」にかんして、常に思考するのを強いられる運命にあるということにほかなりません。そして、「言葉」にかんして、常に思考するのを強いられる者のみが、<真実>が一つではないということ、すなわち、この世には英語でもって理解できる<真実>、英語で構築された<真実>のほかにも、<真実>というものがありうることーーそれを知るのを、常に強いられるのです。P87-88
水村美苗「日本語が亡びるとき」(筑摩書房 2008)


著者の意図を実行するとしたら、真実に肉薄することが動機の源泉になるという前提を置き、その動機を満たすためには【「言語の相対的緊張性」と「アルターエゴを獲得」が必要である】と納得してもらうことだろう。それが欲望のデザインである。

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「母語滅亡の緊張感」は近代文学へ通暁する事ではない。これは保守と伝統の違いを心得る事になると思うので、別の機会に論じたい。「アルターエゴの獲得意識」は英語を始めとする外国語の習得ではない。翻訳的知性を併せ持ちながら、主観の内に客観性を宿そうとする悪魔的態度である。この考えは石井遼介さん『英会話ヒトリゴト学習法』レビューから得ている。

■ 参考リンク(時系列掲載)
本書を起点にした思考プラットフォームが生成されたのを確認出来る。
水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。
今世紀最重要の一冊 - 書評 - 日本語が亡びるとき
人間は書かれてあることではなく、読み取りたいことを読む
英語の圧倒的一人勝ちで、日本語圏には三流以下しか残らなくなるが、人々の生が輝ければそれでいい
英語の世紀に生きる苦悩
水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読む
英語の世紀で日本語を話せるよろこび
言葉は何を乗せているのか
福翁の「はげしい」勉強法
英語を話すときの英語人格は、選べるのではないか?



■ tabi後記
何度聞いても、岡田斗司夫×神田昌典の対談CDは素晴らしい。
posted by アントレ at 17:31| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

tabi0045 小幡績「すべての経済はバブルに通じる」

すなわち、リスクの対象が原資産という実体から、他の投資家の動向という目に見えないものに変化したのである。いわば、他人の価値観が将来どうなるかというリスクに変質した。そして、他の投資家とは、集団としての投資家たちであるから、その動向とは市場における流動性であり、それは群集の動向に他ならない。つまり、リスクは、原資産という実体のリスクから、将来の投資家たちという群集の動きのリスクとなり、リスクがいわば「社会化」したのである。証券化による「商品化」がリスクの「社会化」をもたらしたのだ。P55
小幡績「すべての経済はバブルに通じる」(光文社新書 2008)


論点を知りたければ、まえがき、1章、8章で十分だと思う。本書とは関係の薄い図解になっているが、池田信夫Blogに書かれている著者コメントには関係している。

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■ 参考リンク
小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記
すべての経済はバブルに通じる



■ tabi後記
オアゾにある丸善 丸の内店の書籍レベルに萎える。
posted by アントレ at 19:32| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0044 小飼弾「弾言」

最も重要なのは、何が正しいかではなく、何が残るか(It's not what is right, it's what is left. )P201
小飼弾「弾言」(アスペクト 2008)


It delivers "live-thinking" driven my thought!

ギモンを抱いて思考が進まなかったのが、「無記名の善意( ≒公共財)の創出」と「ベーシックインカム」をどういう関係性でみるっかてところかな。

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■ 参考リンク
404 Blog Not Found



■ tabi後記
本棚を購入した。これで過ごしやすい環境になる。
posted by アントレ at 17:48| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0043 苅谷剛彦他著「杉並区立「和田中」の学校改革」

(校長は)今まで主義に反対。だから、「今までやってたから」で変えたときに、「なぜ変えちゃいけないか」を知りたいのね。「今までのよいところがこうあるから、今の新しい提案より今までがいい」って言ってほしい。(中略)それが、ただ「それが大変だ」とか、「それをやると大変じゃないか」とか、「今までのほうが楽じゃないか」とか、「われわれが楽だ」とか、そういうのではいけないんで、「子どもにとってどっちがよいか」っていう理由を言えば、今までのも通るの。P33
苅谷剛彦他著「杉並区立「和田中」の学校改革」(岩波ブックレット 2008)


ファクトにこだわることを改めて学べた。これから和田中を評価をする上では、2003年度入学時の文化階層とは大きく異なった層が和田中へ入学してきている事を考慮する必要があるだろう。これは堀川高校の成果をみたときにも感じた事です。(東大合格者の増加と入学者レベルの増加の関係性)

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■ 参考リンク
苅谷剛彦他著「杉並区立 和田中の学校改革」を読んだ!
Real Education-人口の半分は平均以下



■ tabi後記
明日は妹がアメリカへ帰る。Community CollegeでのGPAは4.0みたいだが、思考グセはついていない。「日本語が亡びるとき」を買ってあげたので、近々感想を聞き出してみる。
posted by アントレ at 16:15| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月13日

tabi0042 結城未来「頭がよくなる照明術」

照明や光のもつあらゆる魅力を知ってもらいたいと考えました。インテリアという概念ではなく、それ以上に、私たちの心や身体に大きな影響をおよぼすのが照明であることを知ってほしくて、この本を書いたのです。P255
結城未来『頭がよくなる照明術』(PHP新書 2006)


科学言明への断定を差引けば良書。詳細は参考リンクをみて下さい。

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■ 参考リンク
あなたの知らない照明術



■ tabi後記
数年前から日の目をみることがなかった間接照明達が煌々と輝いている。
posted by アントレ at 23:32| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0041 蔵研也「無政府社会と法の進化」

既存の国家を無政府社会にすることは無理であり、むしろ、大洋に浮かぶ無数の島のひとつ、あるいは複数を富豪や会社が買い上げて、無政府社会とするほうが安上がりで、かつ現実的かもしれない。また別のものには、海洋上に人工島を浮かべて、その連合によって主権国家を形成し、さらには無政府社会を作り出すという構想もある。P19
蔵研也『無政府社会と法の進化』(木鐸社 2007)


ゲーテッドコミュニティに付随する話に興味がそそられる。超管理社会と自律分散社会の間にある「限定性とゆるい開放性」のマネジメントが肝になるなと感じる。このあたりは、NPOにおけるステークホルダーマネジメントと通底するところ。

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■ 参考リンク
蔵研也 BLOG
無政府の法と社会



■ tabi後記
レポート課題を2,3頂いたのだが、どれも思考済みのものだった。(Blogのおかげだ。)後は書くだけであるが、自らを追いつめるためにも細部を詰めてみる。
posted by アントレ at 17:53| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0040 橋本祐子「リバタリアニズムと最小福祉国家」

まず、公共財とはどのようなものかについて確認しておこう。公共財とは、消費の排除可能性も競合性も持たない財である。排除可能性とは、人々がその財を使用することを他者によって妨げられることがあるということであり、競合性とは、ある人がその財を使用することによって他の人がその財から得る満足が減少するということである。つまり公共財とは、「人々は妨げられることなく利用することができるうえに、ある人が公共財を享受したからといって、他の人の享受できる量が減るわけではない」ような財を指すのである。p23
橋本祐子『リバタリアニズムと最小福祉国家』(勁草書房 2008)


独自の論考もあるがハイエクを初め、引用が目立つ。

見せ方次第なのだが、「過去の叡智を携えながら徹底思考していく姿勢」を演出するのも大切か。今回は、財を分類する。「どこまでを平等とするのか?」という問いを突き詰める上で役立つ。

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■ 参考リンク
西東京日記 IN はてな



■ tabi後記
部屋を改造してから調子がいい。
改めて、睡眠、照明、温度、湿度管理の大切さに気がつく。
posted by アントレ at 17:14| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

あまったネクタイで、就業支援!

突然ですが...


皆さんのタンス、あるいは皆さんのお父様やお祖父様のタンスの中に、


「もう使わないネクタイ」


は余っていませんか??



その、もったいないネクタイを、是非引き取らせて頂けないでしょうか!?




いま、必死に「余ったネクタイ」を集めてます。切実に。


実は、私が関わっている学生団体VOICEで「ネクタイプロジェクト」という企画を準備しています。


あなたのもったいないネクタイが、ホームレスの就業支援に繋がる!



という.....画期的なプロジェクトなのですよ!




こんな感じでやろうと思ってます。



― ネクタイプロジェクト概要 ―

【1】 使われていないもったいないネクタイを集める(新品でなくても可)


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【2】 就活生向けに「外見力アップセミナー」を開催! (参加者1人の参加費は資料代の数百円のみ)


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【3】 参加者にピッタリのネクタイを安価で販売!(購入の強制は一切しません)

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【4】 そこで得た売上を"全額"、「ビッグイシュー」に寄付!
→ホームレスの就業支援へ!!

img20061121.jpg


参考:BIGISSUE ビッグイシュー


こんな流れです。


もうお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、 このプロジェクトはベスト社会起業家賞 を受賞した、イメージコンサルタントの森本宏美さんと、 パートナーシップを組ませて頂きました。

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参考:森本宏美さん(HeroMe)


シンプルなアイデアですが、これがなかなか良い感じなのです。

お金を寄付するのは抵抗があると思いますが、要らんネクタイなら気軽に寄付が出来るし、


「むしろ処分に困っていたので助かる」と、なかなか好評です。



というわけで、是非ご協力頂けないでしょうか?



傷、汚れ、デザイン、不問です。ネクタイであればなんでも良いです。



キャッチフレーズは


あなたにとって「いらない」ものが、誰かにとっては「役立つ」もの
あなたにとって「似合わない」ものが、誰かにとっては「似合う」もの
あなたがいらないネクタイで、小さな社会貢献をしてみませんか?



です。



もし、1本でも要らないネクタイがご自宅や実家にある方は、是非ご連絡ください。 一言、メッセージかメールを頂ければ嬉しいです。


紙袋等に入れて、コンビニ等から僕の住所まで送料着払いで送って頂くのが、時間もお金もかからなくて楽だと思います!



一応、住所を記載します。

===================

〒340-0015

埼玉県草加市高砂 1-9-10-1101

内田洋平

===================

期限は1/31日までになりますので、ぜひ宜しくお願いします!
posted by アントレ at 20:47| Comment(2) | VOICE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月10日

tabi0039 竹内洋「教養主義の没落」

「適応」つまり人間の環境への適合を助け、日常生活の欲求充足をはかることは文化の基本的な働きである。実用性がこれにあたる。しかし、効率や計算、妥協などの実用性を超える働きも文化の中に含まれている。「超越」である。実用主義に対して理想主義といってもよい。しかし、文化にはさらにはもうひとつの機能もある。「自省」である。みずからの妥当性や正統性を疑う作用がある。自問や自省の働きである。(中略)文化はこの三つの作用の拮抗とダイナミズムからなっている。P240-241
竹内洋『教養主義の没落』(中公新書 2003)


「教養」という言葉を思索したく拝読。日本教養史として読む事が出来る。

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■ 参考リンク
雑記帳



■ tabi後記
2日間更新が出来なったが、書籍は読んでいたのでアップしていく。
posted by アントレ at 15:58| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

tabi0038 森村進「自由はどこまで可能か」

リバタリアニズムは「いかなる国家(政府)までを正当とみなすか」と「諸個人の自由の尊重を正当化する根拠は何か」という二つの論点によって分類することができる。前者の論点については、

1 国家の廃止を主張する一番ラディカルな立場が「アナルコ・キャピタリズム」(無政府資本主義)」あるいは「市場アナーキズム」であり、

2国家の役割を国防・裁判・治安・その他の公共財の配給、あるいはその一部だけに限定しようとするのが「最小国家論」であり、

3 それ以外にある程度の福祉・サービス活動も行う小さな政府を唱えるのが「古典的自由主義」である。

後になればなるほど相対的には穏健な立場と言えるが、3が擁護する政府も、今日の大部分の政府よりはるかに控えめな活動しかしない。(中略)個人の自由の正当化の根拠という後者の論点については、

I 基本的な自由の権利、特に自己所有権に訴えかける「自然権論」と、

II 自由を尊重する社会の方がその結果として人々が幸福になるとする「帰結主義」と、

III 理性的な人々だったらリバタリアンな社会の原理に合意するはずだとする「契約論」に三分できる。P21-22
森村進「自由はどこまで可能か」(講談社現代新書 2001)


新書でここまで読み応えがあるものは少ない。以下は、引用文に基づくリバタリアンの分類です。後者の軸にダブリが生じているため、きちんとした区分は行えない。改良の余地があるだろう。

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■ 参考リンク
大阪市立大学法哲学ゼミ
リバタリアンFAQ
Cook it simple, insanity



■ tabi後記
37.1度まで下がってきた。早めに就寝し、万全なる早朝を迎えようと思う。
posted by アントレ at 23:26| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0037 田中弥生「NPOの新時代」 

コーテンもドラッカーもNGO,NPOの組織論を語っています。組織論といえば、一般に、マネジメントやガバナンス、社会サービスなどの事業の運営方法について記されているだろうと予想されがちです。しかし、二人とも重要なメッセージとして託した言葉はボランティアでした。ドラッカーは、非営利組織にはその活動によって市民の生活を支え向上させる役割と、そこにかかわる人々を目覚めさせ市民性を養う役割の二つがあると説明しています。市民性とは、寄付活動やボランティアとしてのかかわりなどを通して人々が社会性を身につけてゆくことをさしています。P20
田中弥生「NPOの新時代」(明石書店 2008)


大阪大学OSIPPNPO研究情報センターによるデータが参考になる。

専任の有給職員による継続的な運営を行うには、最低限として年間500万円から1,000万円以上の経常収入が必要と考えられている。全体の平均経常収入は1,580万円となっており、平均的にはなんとか最低限の活動基盤が整っているように見える。

ところが、全NPO法人(12,509団体)のうち60.1%の団体は、500万円未満の経常収入しか得ておらず、1,000万円未満で見ると、71.3%となる。それは、収入金額の中央値が268万円となっているのを見てもわかる。つまり、全体的にNPO法人をとらえた場合には、全体の3割程度の団体しか運営基盤が整ていない。また、先の労働政策研究・研修機構の調査結果から、やはり多くの団体において専任の有給職員がおらず、非常勤職員のみで活動が行われていることがわかる。

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■ 参考リンク
1.4万NPO法人財務DB分析 田中弥生
NPO法人財務データベースよりみた情報開示の現状と課題



■ tabi後記
市民性創造というのは、単一政府における「市民性の醸成」を企図している。そこの前提をずらす必要があると考えている。
posted by アントレ at 20:34| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0036 ダニエル・ゲラン「現代のアナキズム 」」

《統治されること、それは、資格も知識も徳もない輩によって、厳しく監視され、検査され、スパイされ、指揮され、法律をつくられ、規制され、枠にはめられ、教育され、説教され、吟味され、評価され、判定され、難詰され、断罪される事である。(中略)これが政府というものである。その正義である。道徳である。・・・おお、人間の人格よ!お前は、六十世紀もの長い間、この惨めさの中に埋没していられたのか?》。バクニーンにとって、国家は《大衆の生活をむさぼり食う抽象物》であって、《その抽象物に守られ、それを口実にして、現実の願い、すべての生き生きとした力が、鷹揚にも満ち足りて死にいたり、埋葬されるに委されている広大な墓地である》なのである。P24-25
ダニエル・ゲラン「現代のアナキズム 」 (三一書房 1967)


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40年前の新書を読む機会はそうないことだ。ソ連崩壊というファクトがある中で、どういった解釈を行うかがもとめられる。

プルードンは私的所有の弊害を見て共同所有を求めることも、私的所有の弊害を無視することも、ともに有害であるとして、人は矛盾とともに生きる覚悟を持ち、バランスを保つべく認め合い協力する「相互主義」が大切であると述べた。

その思想を現実化するために1849年に27千名の会員による『人民銀行』という名の相互信用金庫を創設するとともに会員相互に通用する地域通貨を発行している。

バクーニンの功績の一つは、マルクスの主張するプロレタリア独裁とは、実態は少数者による独裁にすぎないと徹底的に批判したことといわれている。しかし、バクーニンもプロレタリア独裁のような過渡的な独裁論を後に考えており、バクーニンは仲間に充てた手紙の中で「見えざる独裁」「不可視の独裁」と呼んでいる。

クロポトキンは当時の進化論者の間で主流であった個体間の生存競争の重要性を否定し、むしろ生物が集団内でともに相互に助け合いながら、環境に対して生存の闘争を繰り広げていると認識した。

このクロポトキン流の相互扶助をベースとした進化論的自然認識が社会に適用されることで、自由な共同体の連合を基礎として都市と農村が有機的に統一された自治的協同社会を実現しようとする。

マルクスもまた国家についての究極的立場は「国家の死滅」であり、その意味ではマルクスの思想もまたアナキズムだといえる。

■ 参考リンク
Wikipedia アナキズム
アナキズムFAQ




■ tabi後記
昨日は良い論考が書けた。明日までに体調が全快するようにしたい。
posted by アントレ at 19:03| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0035 ダニエル・C・デネット「自由は進化する」

人類は、これまで不自由に甘んじるしかなかった部分ー近視や病気を含む肉体的な各種環境要因ーも技術によりますます解放できるようになり、自由を拡大し、それに伴う責任も拡大させた。でも、いまの人類は自分の自由にビビって、変な退行ラッダイト嗜好が一部で見られるようになっている。そうした動きは遺伝子操作や薬物療法など、人間のもつ不自由を減らしてさらなる選択の自由(と責任)をもたらす発展を否定しようとし、ひどい時には現在のすでに得られている知識すら否定しようとする。これがデネットの言う「人類の自由はもろいし、保護しなければ壊れてしまう」ということだ。安易なラッダイトや無知礼賛に流されてはいけない。あらゆる知識、特に科学は人類を解放し、さらなる自由(と責任)をもたらす。これこそが、自然の生み出したシミュレーションツールとしての自由を活用するということであり、自然が人類に託した責任に応えるということなのだ。P450(訳者解説より)
ダニエル・C・デネット「自由は進化する」(NHK出版 2005)


デネットは、自然科学のもたらしたさまざまな決定論的議論(例えば、ラプラスの悪魔、利己的遺伝子、ミーム、遺伝要因、環境要因、ユーザーイリュージョン説など)の自由意志を否定する様々な議論を潰すことをしつこく繰り返すとともに、自由意志があるというオカルティズム寄りの議論も丁寧に潰してくれる。

本書の8章で、先日言及した受動意識仮説の根拠となっているリベットが批判されていたので、興味深く読ませてもらった。全ての行動が「意識による決断」→「行動」をとるわけではないことという気づき。

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■ 参考リンク
DESIGN IT! w/LOVE



■ tabi後記
バファリンを大量摂取しているが、体調が回復しない。こういう時は、黙って休息するに限る。

posted by アントレ at 12:05| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

tabi0034 永井均「倫理とは何か」2章

ホッブスの真の課題は、刹那的で深謀遠慮に乏しく非理性的に利己的なだけの人間を、狡智にたけた一貫性のある理性的に利己的な人間に引き上げることにあったんだ。だから、さっきのような仕方で問題が立てられて、それこそが問題だと意識されたとき、真の問題はすでに暗黙のうちに解決されているんだ。社会契約のポイントは、本当は、契約を守るか破るかなんてことではない。計算高く、守るつもりのない約束をするやつがいたって、一向にかまわない。それがほかならぬ約束として理解され、まさに約束したふりをして人をだませるようになれば、しめたものなのさ。そういうことが有効になされる社会では、社会契約はもう成功しているんだよ。もう成功した視点にしか立てないんだ。P80
永井均『倫理とは何か』(産業図書 2003)


前回の続きになります。

この章はすごいです。社会契約という信念体系に人々が、<それ以前>を言及することは出来ないということ(不可逆的で非遡及的)が興味深い。

個人が持続的に存在しているという契約を担保しているものは、「記憶」であるから、そこの探究が必要なのではと思う。

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■ 参考リンク
トマス・ホッブズ
松岡正剛「リヴァイアサン」

■ tabi後記
本日から大学の図書館がひらいている。本を返し、借りてこようと思う。
posted by アントレ at 13:11| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

tabi0033 井筒俊彦「イスラーム文化」

われわれの実存の中核には自我意識がある。「我」、わたし、というものが先ずあって、その周りに光の輪のように世界が広がる。自我意識は人間存在の、人間実存の中心であると同時に、世界現出の中心点でもあります。しかし、それは同時にすべての人間的苦しみと悪の根源でもあるのです。人間に我があるから苦しみがあり、悪がある。ふつう世間で悪と呼び、苦悩と呼ばれているもの、また、シャーリアで罪と考えられているものは、ことごとく我に淵源する。だが、それだけではありません。スーフィーの見地からすれば、自我意識、我の意識こそ、神に対する人間の最大の悪であり、罪であるのです。P217
井筒俊彦「イスラーム文化」(岩波文庫 1991)


「意識と本質」に腰を据える前に、こちらを読了。商人であり、政治家でもあったマホメット。マホメットが「神との対話」をおこなうことによりイスラム教が誕生した。

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■ 参考リンク
228旅 『イスラーム文化』 井筒俊彦 ★★★★★
イスラーム文化 その根柢にあるもの



■ tabi後記
38.5の熱が出たが、バファリンを飲んだら治ってしまった。先ほど、BookOffとamazonから大量の本が届いた。書棚も購入しないといけない。
posted by アントレ at 21:58| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0032 河瀬誠「戦略コンプリートブック」

仕事で"なぜ"と聞くのは、相当なエネルギーがいる。"なぜ"と聞いて、的外れでも答えを返してくれるならいいほうで、たいていの場合ははぐらかされたり、怒られたりする。みんなが知っていることを聞いて、バカと思われるのも嫌だ。(中略)これからの時代には「常識」を疑う"天の邪鬼"な頭が必要だ。もっとも、天の邪鬼といっても、何でもケチばかりつけて、動こうとする人の足を引っ張る、陰気な天の邪鬼ではない。自分の頭で考えて前に進み、また知識を引っ張っていく"前向きな天の邪鬼"を目指してほしい。P292-293
河瀬誠「戦略コンプリートブック」(日本実業出版社 2003)


寺嶋さんに借りた。ぱらっと見た感じですが「問題解決の全体観」のほうが優れていると思います。

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■ 参考リンク
仮説思考と論点
河瀬 誠




■ tabi後記
明日で冬休み中に関わっていた案件が小休止を迎える。
posted by アントレ at 00:25| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

tabi0031 前野隆司「錯覚する脳」

受動意識仮説とは、『「意識」は、「無意識」下の自律分散的・並列的・ボトムアップ的・無目的的情報処理結果を受け取り、それをあたかも自分が行ったことであるかのように幻想し、単一の自己の直列的経験として体験した後にエピソード記憶するための受動的・追従的なシステムである』というものだ。つまり、機能的な「意識」は、「無意識」下の処理を能動的にバインディングし統合するためのシステムなのではなく、既に「無意識」下で統合された結果を体験しエピソード記憶に流し込むための追従的なシステムに過ぎないと考えるのだ。したがって、「自由意志」であるかのように体験される意図や意思決定も、実は「意識」がはじめに行うのではない。
前野隆司「錯覚する脳」(筑摩書房 2007)


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■ 参考リンク
書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?
「プライベート」から「普遍」に至る




■ tabi後記
本日は母方の実家へ伺う。いつも吠えられている犬がいないなと思ったら、亡くなったようだ。近々、年間計画合宿にいこうと思う。場所は暖かいところがいい。
posted by アントレ at 00:05| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

tabi0030 神野直彦「財政のしくみがわかる本」

財政は金もうけをしてはいけない領域で、だからこそサービスをただで配っているのです。ただで配っているということは、何を意味しているのでしょうか。必要に応じて配っているということなのです。(中略) 市場は購買力に応じて配るので、お金持ちはたくさん消費し、貧乏な人はお金をもっていないから消費できません。私たちが財政で配るのか、市場で配るのかは、お金持ちであろうと貧乏な人であろうと必要に応じて配らなければいけない財やサービスだと社会が決意するのか、あるいは貧しい人々にはゼロでもいい財やサービスだと決意するのか、ということなのです。P19
神野直彦「財政のしくみがわかる本」(岩波ジュニア新書 2007)


リベラルを把握するために読みました。まとまった本です。秩序セーフティーネットの防衛、警察、消防。社会セーフティーネットの老齢年金、医療保険、介護保険、失業保険・・。市場セーフティーネットの独禁法、製造物責任法。交通手段としての鉄道、道路、港湾。コミュニケーション手段としての電信、電話。動力手段としての電気、ガス、水道。

賢い方でもシステムに浸るほど、これらを「制約」と捉え、「非制約化」することへの感性が鈍るのだろう。赤ん坊への無償行為や他者を迂回した「利益説」には説得性があるが、昨日の「子守りマーケット」的なマーケットデザインを実験改良、改良水平していくことのほうが魅力的。

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■ 参考リンク
Arisanのノート
社会保障を削って消費税率を引き上げる麻生内閣の理不尽




■ tabi後記
叔父が切手記念コインの収集家であることが発覚。日本に流通する切手の95%をもっているという。残りの5%は明治初期(1871年よりスタート)のものだけというから驚きだ。そして、自分の大叔父が高島という会社を経営していたことを知る。
posted by アントレ at 21:52| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

tabi0029 堀紘一「超人脈力」

ブルース・ヘンダーソンは、経営戦略の重要性について聞かれると、常に「もちろん企業経営にとって戦略は非常に重要なものだ。しかし最重要ではない。」と答えていた。では、いちばん大切なのは何か。それは「運」だというのである。(中略)運は世間一般が言うような「人知の及ばざるところのもの」ではない。それどころか、非常に人為的なものである。さらに言えば、運はつまるところ、人と人との出会い、縁(えにし)で決まる。(中略)要諦はただ一つだけ、"I care you."んお精神である。ー私はあなたが気になります。だからあなたのことをケアしたい、お世話したい、お役に立ちたいー。すべての底流にこれがあり、こういう気持を作為を感じさせずに「自然に」相手に伝えられれば、別に記事コピーでなくほかの何であってもいいのだ。P12-13,43
堀紘一「超人脈力」(講談社 2003)


佐俣さんが薦めていたのを思い出し、読了。同意します。人脈を広げ、深め、維持するための勉強会(飲み会?)を開催できるのも、本質を希求し、その研磨を惜しまないからであり、「本質を希求し、その研磨」をするためには他者の力が必要だと内的に直観しているからだろう。

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■ 参考リンク
ドリームインキュベータ



■ tabi後記
元旦は父方の実家へ赴く。数年ぶりなので、楽しみです。
posted by アントレ at 00:00| Comment(2) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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