2008年12月16日

tabi0010 青木 人志「「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人」

価値の体系である法と向き合うことは、社会の中の司法の位置をどう設計するかという問題を媒介物として、究極的にはひとりひとりの価値体系を照らし出し反省することにつながってゆく。それだからこそ、法と向き合うことは、自分と向き合うのと同じくらい勇気が要る。勇気を出して法と向き合おう。ただし、希望をもって。P210
青木 人志『「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人』(光文社新書 2005)


本論は4章だけであり、議論も表面的。参考文献(ex「日本人の法意識」(川島武宜))にあたるのが良さそうだ。

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「日本人は「法」というと刑罰や罰則を想起し、法と権利という両輪の意識が欠如している」と語られる。税金もそうだと思うが、法律は自らを規制する制御コードでありながら、政府、行政を制御するコードにもなりうるのだ。



amazon書籍紹介より

◆「大岡裁き」の法意識とは?
・裁判所はこわい(いやな)場所である
・裁判官は人格者であるべきだ
・杓子定規でない、柔軟な解決をすべきだ
・金銭を請求するのは、強欲だ
・もめごとは、個人の問題ではなく、みんなの問題である
・勝者と敗者をはっきりさせず、「まるく」おさめるほうがいい
posted by アントレ at 00:32| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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