2009年01月03日

tabi0031 前野隆司「錯覚する脳」

受動意識仮説とは、『「意識」は、「無意識」下の自律分散的・並列的・ボトムアップ的・無目的的情報処理結果を受け取り、それをあたかも自分が行ったことであるかのように幻想し、単一の自己の直列的経験として体験した後にエピソード記憶するための受動的・追従的なシステムである』というものだ。つまり、機能的な「意識」は、「無意識」下の処理を能動的にバインディングし統合するためのシステムなのではなく、既に「無意識」下で統合された結果を体験しエピソード記憶に流し込むための追従的なシステムに過ぎないと考えるのだ。したがって、「自由意志」であるかのように体験される意図や意思決定も、実は「意識」がはじめに行うのではない。
前野隆司「錯覚する脳」(筑摩書房 2007)


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■ 参考リンク
書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?
「プライベート」から「普遍」に至る




■ tabi後記
本日は母方の実家へ伺う。いつも吠えられている犬がいないなと思ったら、亡くなったようだ。近々、年間計画合宿にいこうと思う。場所は暖かいところがいい。
posted by アントレ at 00:05| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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