2009年01月05日

tabi0034 永井均「倫理とは何か」2章

ホッブスの真の課題は、刹那的で深謀遠慮に乏しく非理性的に利己的なだけの人間を、狡智にたけた一貫性のある理性的に利己的な人間に引き上げることにあったんだ。だから、さっきのような仕方で問題が立てられて、それこそが問題だと意識されたとき、真の問題はすでに暗黙のうちに解決されているんだ。社会契約のポイントは、本当は、契約を守るか破るかなんてことではない。計算高く、守るつもりのない約束をするやつがいたって、一向にかまわない。それがほかならぬ約束として理解され、まさに約束したふりをして人をだませるようになれば、しめたものなのさ。そういうことが有効になされる社会では、社会契約はもう成功しているんだよ。もう成功した視点にしか立てないんだ。P80
永井均『倫理とは何か』(産業図書 2003)


前回の続きになります。

この章はすごいです。社会契約という信念体系に人々が、<それ以前>を言及することは出来ないということ(不可逆的で非遡及的)が興味深い。

個人が持続的に存在しているという契約を担保しているものは、「記憶」であるから、そこの探究が必要なのではと思う。

tabi0034.jpg

■ 参考リンク
トマス・ホッブズ
松岡正剛「リヴァイアサン」

■ tabi後記
本日から大学の図書館がひらいている。本を返し、借りてこようと思う。
posted by アントレ at 13:11| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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