2009年01月15日

tabi0046 水村美苗「日本語が亡びるとき」

西洋と非西洋のあいだにある非対称関係はこれからもずっと存在し続ける。それはあたりまえです。でも、今、その非対称関係に、それと同じくらい根本的な、もう一つ新たな非対称関係が重なるようになったのです。英語の世界と非・英語の世界とのあいだにある非対称関係です。(中略)一度この非対称性を意識してしまえば、我々は、「言葉」にかんして、常に思考するのを強いられる運命にあるということにほかなりません。そして、「言葉」にかんして、常に思考するのを強いられる者のみが、<真実>が一つではないということ、すなわち、この世には英語でもって理解できる<真実>、英語で構築された<真実>のほかにも、<真実>というものがありうることーーそれを知るのを、常に強いられるのです。P87-88
水村美苗「日本語が亡びるとき」(筑摩書房 2008)


著者の意図を実行するとしたら、真実に肉薄することが動機の源泉になるという前提を置き、その動機を満たすためには【「言語の相対的緊張性」と「アルターエゴを獲得」が必要である】と納得してもらうことだろう。それが欲望のデザインである。

tabi0046.jpg

「母語滅亡の緊張感」は近代文学へ通暁する事ではない。これは保守と伝統の違いを心得る事になると思うので、別の機会に論じたい。「アルターエゴの獲得意識」は英語を始めとする外国語の習得ではない。翻訳的知性を併せ持ちながら、主観の内に客観性を宿そうとする悪魔的態度である。この考えは石井遼介さん『英会話ヒトリゴト学習法』レビューから得ている。

■ 参考リンク(時系列掲載)
本書を起点にした思考プラットフォームが生成されたのを確認出来る。
水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。
今世紀最重要の一冊 - 書評 - 日本語が亡びるとき
人間は書かれてあることではなく、読み取りたいことを読む
英語の圧倒的一人勝ちで、日本語圏には三流以下しか残らなくなるが、人々の生が輝ければそれでいい
英語の世紀に生きる苦悩
水村美苗『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』を読む
英語の世紀で日本語を話せるよろこび
言葉は何を乗せているのか
福翁の「はげしい」勉強法
英語を話すときの英語人格は、選べるのではないか?



■ tabi後記
何度聞いても、岡田斗司夫×神田昌典の対談CDは素晴らしい。
posted by アントレ at 17:31| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。