2009年03月19日

tabi0097 阿部謹也「自分のなかに歴史を読む」

先生は長い時間待たせたことを詫び、二人で話しだしました。ところが先生は私がローマ史をやりたいといえば、「それは結構ですね」という具合で、特に反対もせず、かといってそれをやれともおっしゃってくださらないのです。いろいろ話をしているうちに先生はふと次のようにいわれたのです、「どんな問題をやるにせよ、それをやらなければ生きてゆけないというテーマを探すのですね」。そのことばを聞いて、私はもうほかの質問はできなくなり、そのまま家に帰って白紙の状態でふたたび考えることにしました。P18
阿部謹也「自分のなかに歴史を読む」(筑摩書房 2007)


著者にとっては、「ドイツ騎士修道会研究」が「それをやらなければ生きていけないというテーマ」となっていた。上原先生の言葉をうけた阿部さんのメッセージは、「過去の自分を考古学し、現在に自分を工学し、未来の自分を文学する」と変換できるかもしれません。(この表現自体、文学的であるのがミソ。笑)

若い人が丹念に自分を掘り起こしても何も出てこない思うかもしれませんが、そんなことはありません。それは、私たちの意識の奥底に過去がしのびこんでいることを確認すれば分かることです。それは、年中行事のひとつの正月をとっても同じです。誕生日は、過去の再現にほかなりません。僕らが、1年365日を単位として、生まれた日を祝祭するという習慣に「違和感」を覚えたとしたら、そこに学問ははじまる。

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成人になってからの違和感をベースに思考をするのは弱い(健康的ではない)と思ってきた。書籍やニュースなどをベースにアジェンダ設定をするのは、意識的記憶での発動だからなのか。「内なる心」という表現は文学的なきらいがあるが、無意識や前意識などについて知るほどに、15歳までに「私」の志向性はあらわれきっているのではなかろうかと思う。

その時分にいかなる問いをもっていたか。何に違和感をもっていたか。成人した「私」には、それを関係づけることしか出来ない(それを関係づけることが出来るのだ!という意味でとらえている)。

著者の経験によれば。関係づけから、創造までの期間は40歳までに出来れば良いのだよと語っている。ぜひ参考にしてほしい。

■ 参考リンク
書籍内容を知りたい方へ
ちょっとした話



■ tabi後記
非常に暖かくなってきた。いろいろな種が芽生えるころです。
posted by アントレ at 13:50| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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