2009年04月13日

tabi0110 長谷川徳七「画商「眼」力」

では、いったいどうすれば、本物に出会うことができるのでしょう。真実を見抜く目をどうやって養えばいいのでしょうか。そこにおそらく正解はないでしょう。しかし、こう問うてみてはいかがでしょうか。「なぜ私は本物に出会えないのか」「なぜ私は真実を見抜くことができないのか」と。P210

極論に聞こえるかもしれませんが、私は本物の根拠など、くだくだしく述べる必要などないと思っています。なぜなら、本物とは「まぎれもなく本物」だからです。そこには嘘がないし、言い訳の入り込む隙間がありません。私が画廊なり美術館なりに積極的に足を運ぶのをみなさんに勧めるのは、数多く本物を見ないとわからないことがあるからです。その経験で何がわかるかといえば、くり返し述べてきたように、本物の絵には作家の魂が宿っているということです。P211
長谷川徳七「画商「眼」力」(講談社 2009)


画廊には、
1 場所貸しとしての貸し画廊
2 流通している絵を商品として売買している画廊
3 自分たちで画家を育成している画廊

などが存在している。(死蔵作品を減らすために画商間売買も行われているが)この記事を読むと、画廊のビジネスモデルにも翳りが見え始めていることが分かる。3のインキュベーション機能を担う画廊が求められてくるのだろう。

ベネッセの福武總一郎は 「経済は文化の僕である」という至言をはなっているが、この言葉には「文化は経済で支える必要がある」ことも含意している。

総括としては、本書を読み、日動画廊にいくことをお勧めしたい。

■ 参考リンク
日動画廊
利超える愛と審美眼



■ tabi後記
大学生活もあと1年。悔いのなきよう過ごしていこう。
posted by アントレ at 22:18| Comment(1) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フランス(あたり??)のサロン文化もまったく同じですね。売れなければ結果的には「ただのフリーター」を集めてちまちま。けど、それでもゴッホのように死んでから評価される人間もいる。資本家のチャリティ精神は決して紛い物ではない(ものもある)!
Posted by hamada at 2009年04月20日 07:41
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