2009年04月28日

tabi0119 ヘルマン・ヘッセ「ヘッセの読書術」

一冊の本に何らかの点で魅了され、その本の著者を知り、理解しはじめ、その著者と内心のつながりをもった人は、そのときにはじめてその本から本当の影響を受けはじめる。(中略)千冊の、あるいは百冊の《最良の書》などというものは存在しない。各個人にとって、自分の性格に合って、理解でき、自分にとって価値のある愛読書の独自の選集があるだけである。だからよい蔵書は注文でそろえることはできない。各人が友人を選ぶときとまったく同様に、自分の欲求と愛に従って、自分でゆっくりと書物を集めなければならない。そうしてできたささやかな蔵書が彼にとって全世界を意味するのだ。P47
ヘルマン・ヘッセ「ヘッセの読書術」(草思社 2004)


ヘッセに読書の原点に戻してもらえた。読書をするということは、知識を獲得することではなく、無知から未知への跳躍なのである。その跳躍というのは文字に対してではなく私に対してなのだ。それが読自の本質である。

僕は、「私」の中に外世界をこえた存在があることに気がついてほしいと思っている。書籍は、その内世界にアクセスするためのキーなのである。そして、書籍選定をするさいに「私」は外世界と内世界の狭間にあらわれてくる。そのときに自分を捉えるんだ。掴めるんだ。読書は本を読む前からはじまっているのである。

■参考リンク
882旅 ヘルマン・ヘッセ『ヘッセの読書術』



■tabi後記
本棚をみる行為が「私」を呼び起こすことにつながるという発想をえた。しかし、それは1つの行為でしかないだろう。
posted by アントレ at 21:01| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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