2009年05月01日

tabi0121 長谷川眞理子「進化とはなんだろうか」

しかし、私たち人間は、神経系が発達して、自意識をもち、周囲のものを自分との関係で理解し、自分自身をも理解しようとする存在になりました。私たちは、自分や周囲のものの目的を考え、生きることに意味を見いだそうとします。このような人間の営みに、進化という生物学的事実は、直接的にはなにもモラルのようなものを提供するわけではありません。自然界の成り立ちからモラルを見いだそうとするのは、人間がどうしてもそうしたいからなのでしょう。直接、万人に通用するモラルを自然界から得ようとするのは、「自然主義の誤謬」と呼ばれる誤りです。しかし、進化を知り、生物の適応を知り、生命の流れを知ると、みんな一人一人個人的に、自分自身が生きていく上で、何か重要なものを見いだせるのではないでしょうか?P212-213
長谷川眞理子「進化とはなんだろうか」(岩波書店 1999)

進化とは、生き物が時間とともに変化していくことであり、生き物とは、生き物から生まれ、外界からエネルギーを取り入れて代謝し、成長し、自分と似たものを生み、そして死ぬ存在である。本書はそのような前提で言葉を紡いでいます。「進歩」という言葉は時代的な規定であり「進化」という言葉は時代的な変化である。

善悪や正誤は規定できないということ、進化を起こす先の「社会」像を描けてしまうこと自体凄いということ。この2つのメッセージを基軸に話しをするだけで(濃淡はあるが)大半の悩みは消えてしまうのではないだろうか。



■tabi後記
しんか=しん「進・深・神」+か「化・価・歌」という組み合わせが浮かんだ。
posted by アントレ at 00:19| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。