2009年05月09日

tabi0142 岡倉天心「茶の本」

茶はわれわれにとっては、飲む形式の理想化以上のものとなった。それは生の術の宗教である。(中略)茶の湯は、茶、花、絵画を素材に仕組んだ即興劇であった。茶室の調子を乱す一点の色もなく、物事のリズムをそこなうもの音一つ立てず、調和を破る身の動き一つなく、周囲の統一を破る一言も口にせず、すべて単純に自然に振舞う動作ーこういうものが茶の湯の目的であった。そしていかにも不思議なことに、それがしばしば成功したのであった。そのすべての背後には微妙な哲理がひそんでいた。茶道は変装した道教であった。P35
岡倉天心「茶の本」(講談社 1994)


この本をとった(つられた)瞬間にすべてが決まっていた。すごい釣り師がいたものだ。

「西洋人は、日本が平和のおだやかな技芸に耽っていたとき、日本を野蛮国とみなしていたものである。だが、日本が満州の戦場で大殺戮を犯しはじめて以来、文明国とよんでいる。」といった咆哮から論旨がはじまっていく。

「THE BOOK OF TEA」を手に取った方々(天心がターゲットとした西洋人)は「Tea」についての艶かしい論述を期待していたのではないだろうか。そこでこの出だしである。

次に続くのが
いつになったら西洋は東洋を理解するのか。西洋の特徴はいかに理性的に「自慢」するかであり、日本の特徴は「内省」によるものである。茶は衛生学であって経済学である。茶はもともと「生の術」であって、「変装した道教」である。宗教においては未来はわれわれのうしろにあり、芸術においては現在が永遠になる。
といった記述である。これを釣りといわずして何といおう。とはいえ、釣られたものも釣られたままでは終わらせないのが茶室の美学。天心が述べるところで言うのなら、「出会った瞬間にすべてが決まる。そして自己が超越される。それ以外はない。」「われわれは「不完全」に対する真摯な瞑想をつづけているものたちなのである。」ということであろう。井筒氏と比べることは難しいが、天心が目指していたのもまた「精神的東洋」だったのだろう。
 
■参考リンク
第七十五夜【0075】
Publishing [対訳ニッポン双書]『茶の本』に序文を寄稿
39旅 岡倉覚三(天心)『茶の本』
DESIGN IT! w/LOVE



■tabi後記
明朝は「THE BOOK OF TEA」を素材にして英語学習です。
posted by アントレ at 00:02| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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