2009年06月02日

tabi0181 米山優「情報学の基礎」

要するに学問の世界で言えば「永遠真理」への信奉、日常的な世界では日々起こった出来事への絶対的な信頼である。(中略)いずれの場合も背後で起こっていることは、言うなら<時間を止めている>という事態なのである。そこには、過去から引き続いてきているような秩序を超えて別の新たな秩序へと向かおうという眼差しは、もはや無い。<すべては既に終わっている>というところから事柄を始めるようなものである。p8
米山優「情報学の基礎」(大山書店 2002)


米山情報学西垣情報学と「生命性」という点において類似がみられるが「時間性」を所与としないところに相違がある。

米山が潜在的に問おうとしているのは

・時間が「持続」している心理的実在感は「何を」跳躍しているのだろうか?
・論理的実在感は時間を「断続」するさいに「何」を抽象してまうのか?

この2側面ではないだろうか。

すでに存在してしまった仮説。仮説はそれが有効に機能しているかぎりでは仮説でないという逆説的な性格を有している。この<逆説性>のゆえに科学は、真の目的性の探究に関して禁欲を装いながら、似非目的性を排除するかのように実は作用に吸収させ、以て作用性と目的性とを同一視するという不条理に陥る可能性を有している。P44


米山にとって、ある思想/方法に関心を抱く定点は、「Given」に対して「強さ」がみえるか「弱さ」をみえるかなのだろう、それが棄却するまでは、それは仮説とたりえないこと、一切は与えられていると主張することに対する「とりあえずさ」への感度である。

先の問いはこう変換されるかもしれない、

・確かさのあるリアリティー
・どこかに潜むアクチュアリティー

を繋ぐものとは?繋ぐものがあると思わせる誘惑性に毒されているか?

私は、その非実在と実在を紐帯するモノへ関心はいかない。そこに場,編集といった概念装置を導入することにって地平がひらけるように思えないから。心理的納得と論理的説得の同時的存在を希求するということ事態がすでに所与とされている。そうなると自己言及的無限にたたされることになるのだが、そこで終えることは何も考えることにはならない。

そこで、何に対峙しているのか、されそれを見つめたい。

■参考リンク
第六百七十一夜【0671】
アイス・W・フラハティ「書きたがる脳 言語と創造性の科学」



■tabi後記
Inspiration(Cool+Coollect=Coolect)⇔Exspiration(Cool+Edit=Credit)
posted by アントレ at 23:55| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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