2009年06月03日

tabi0182 入不二基義「時間は実在するか」

「なぜ過去があるのか?」

この問いに、さしたる目新しさはないだろう。ここのところ生々しさと嘘らしさを調停するモノに、関心がむおていたので、本書で取り上げられる「見かけの現在」という言葉に良き感触をおぼえた。

校舎が聳える新御茶ノ水駅までに色々な者と車を共にしなくてはならない。私は1駅を過ぎるごとに「この人は誰なのか?」「なぜ、私の目の前に存在しているのだろう?」という驚きを問いはじめてしまう。そして、その驚きの種が「いたるところにあることに」視点がずれると、一気に飽きが覆ってくるのだ。この瞬間瞬間で僕は持続的存在としているらしい、そのことに飽きもある。

持続ゼロで、時間の一定部分ではない「瞬間」においては、どんなものも「動く」ことができないだけでなく、「静止する」こともできないからである。動くことが可能なところでのみ、その否定形としての静止もまた意味を持つ。一定の幅を持った時間の持続においてのみ、その間動くことが可能であり、また、その間静止することも可能なのである。しかし、「瞬間」は、短い時間(時間の一部分)ではなく、時間の限界(リミット)である。瞬間という限界においては、矢は(動くのでも静止するのでもなく)ただ「ある」としか言えない。その「ある」は、「運動」と「静止」の対比以前の「ある」としか言えない。P19-20
入不二基義「時間は実在するか」(講談社 2002)


本書で批判的に検討されることになるマクダガートの時間論は、過去から未来へと動く「今」に視点を置いたA系列の時間と年表のように過去から未来までを一望に見下ろすB系列の時間とに時間を分けて、時間の本質はA系列にあるとする。しかし、A系列は矛盾をもつがゆえに、時間は実在しないという結語する。

B系列は、「順序+時間」という仕方で構成されている。つまり、無時間的な順序関係に、さらに時間がつけ加わることによって、B系列は成立している。その「時間」の部分を提供しているのが、A系列であった。そして、「(無時間的な)順序」の部分に対しては、C系列という呼称が与えられている。P102


B系列は、A系列が前提となり、A系列もまたB系列にもたれている。私は、この構造に対すると、三項をたてる策ではなく、ある言葉で、ある言葉を覆ったときに現れる様相から捉えたくなる。

その様相とは、二項の内に一方であるが、その作動内に対立項を含め、内包することである。「言葉」で「言葉の外」を生み出しつつも、「言葉の外」を<言葉>自らが回収し、さらに新たな<外>を生み出す。その反復が無情に繰り返されるだけだろうか。言葉の分節による網の目にすべてが取り込まれるという発想ではなく。

既知と思われている歴史、油断すると起源に誘惑される自体、それらを招くも、撥ね除けるも1才時に発達的に獲得したという「事実」。その時、分節は全体から局所へと堕落していく。言語論的転回でも何でもよろしい。ただ、この知見もまた分節化の賜物なのである。この不思議な構造に関心がわかずにはいられない。

先ほど、入不二氏の新著を拝見させて頂いたのが、読み手ではなく書き手として対峙せざるをえない文章であった。どうしてこのように書くことができるのだろうか。そのスタンスを引用させて頂きたい。

随想を書くということは、「寸止め愉楽と困難」を内包している。議論の森の奥深く分け入ることを控え、その寸前で立ち止まり、森の在処や入り口を指し示す。その指し示し方・立ち止まり方、その寸止めの形姿に、全神経を集中する。シンプルかつ豊穣に指し示し、美しく立ち止まれるかどうか・・・、それが問題である。寸止めの所作は、独特の困難を伴うけれども、エロティックな快楽をもたらしてくれる。(中略)しかし、このように逡巡していると、随想はいつまでも完成には至らないだろう。どんなに不完全に思われても、どこかで断ち切って終わらせなければならない。現実の中でのこの終わらせ方もまた、「寸止め」という所作なのだと思う。P226-228
入不二基義「足の裏に影はあるか?ないか?」(朝日出版社 2009)


■参考リンク
感じない男ブログ
現実に階梯はあるか? ないか? (1)





■tabi後記
更新過程であるという<弱さ>/直立不動という<強さ>。弱さという強さではなく、リンケラビリティーというニュアンスではないか。
posted by アントレ at 23:34| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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