2009年06月21日

tabi0189 茂木健一郎「脳内現象」

並列状態を統合するか運動するか、はたまた

本書は「経験科学的方向」と「私の特別性という唯我論的方向」の2つをどちらも棄てずに、どちらも活かすような方略をたてる。これは注目に値する。それだけに「どのように料理するのか?」に直に関心がいく。

読み始める前に考えるのが「脳内現象」という言葉である。文字どおりに捉えるなら、1000億の脳細胞の相互反応のパターンによって世界はつくらるという考え方であろう。茂木氏の言葉でいうならば「全てがクオリア」である。

茂木健一郎×入不二基義氏トークセッション「脳内現象」刊行記念「意識はいかに成り立つか〜脳と時間をめぐって」)は興味深いセッションである。

このセッションで入不二氏は、「クオリアの中には脳のクオリアも存在しているはずです。そうすると脳はクオリアの中にあると同時に、クオリアを産み落とすものでもある。つまり、心の内は外の脳で生み出され、その脳はクオリアによって生み出される。外が内へ取り込まれ、内側へとりこまれないものとして外があり、さらに内へ、、といったダイナミズムこそが考えることではないか?」と言及する。

完了的理解と無時間的理解


近代科学は近接作用に基いた因果作用で世界が解釈されている。その中で、本書はメタ認知に焦点をあてる。

このようなメタ認知が新たに立ち上がる時、もっとも不思議なことの一つは、立ち上がったメタ認知の対象になっていることが、「そういえばそういう感じは前からあった」というような、既視感を伴って感じられることである。外部から入ってきた感覚情報を認知する場合と異なり、メタ認知の対象になるものは、もともと自分の内部にあったものである。このような対象の出自が、私たちが新たなメタ認知で新たな世界観を手に入れつつも、同時に既視感を感じる理由ではないだろうか。P158
茂木健一郎「脳内現象」(NHKブックス 2004)


メタ認知は「そうだったんだ」という完了の真理認知がなされる。同時に「そういうことになった」「そういうことになることだったんだ」という無時間的な真理に転換するのである。

■参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■tabi後記
戯言1:天気がわるいとは何ぞや?雲の上は晴れている。
戯言2:寝過ぎるとは何ぞや?それだけ記憶は定着している。
posted by アントレ at 21:48| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。