2009年06月30日

tabi0204 平川克美「経済成長という病」

経済は成長を要求するのか?

経済成長そのものは、社会の発展プロセスのひとつの様相であり、おそらくは発展段階に起こる様々な問題を解決してゆくだろう。しかし、経済均衡もまた社会の発展プロセスのひとつの様相であるに違いない。その段階において無理やり経済成長を作り出さなければならないという呪縛から逃れられないことこそ、私たちの思考に取り憑いた病であると思うのである。P70
平川克美「経済成長という病」(講談社 2009)


本書は、病の診断書ではない。

本書は、新たな正常を提示し、現在を異常とするような提言書ではない。

本書は、抑制をもったつぶやきである。「病だと思うんだけど・・・。どうでしょう?」という語り方である。平川氏の違和感は前書で論じられた内容を引き継いでいる。

ユヌスが言う経済成長には共感するが、マッキベンが触れるような経済成長には疑問をもつ方がいる。

偶然にも先進国に住むことになってしまった者の役割に「貧困の終焉後」の社会/経済の設計があげられるあろう。課題先進国,定常型社会という言葉は、その自体を象徴するものである。

「先進国貧困の終焉」と「後進国貧困の終焉」は異なる。そして終焉後の世界も異なるだろう。各自がこれからの時代性と欲望の変遷を目一杯考えながら、その予期される時代に「予防事業」を図っていくことがもとめられる。

■参考リンク
Joe's Labo
『経済成長という病』。 - 考えるための道具箱



■tabi後記
一人カラオケを経験してきた。声をメタ認知する装置としてつかえそうだ。
posted by アントレ at 20:53| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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