2009年08月11日

tabi0234 藤井直慶「つながる脳」

我慢の表と我慢の裏が社会をつくる
それでは、強いサルから弱いサルに移行したときに発現される機能とは何でしょう。それは今回の実験の見えてきた通り、行動の「抑制」であると僕は考えます。強いサルに対して、自己の欲求を抑制することが彼らの行動から私たちが見ることができる最大の変化です。ということは、抑制の形をとって表現される弱いサルの行動は、非言語的なメッセージとして私たちが理解できるように、強いサルにも間違いなく伝わっているはずです。つまり、抑制というものが社会性の根本にあるのではないかというのが、この実験を通じて到達した僕の考えです。P128
藤井直慶「つながる脳」(NTT出版 2009)

「それで安心した」
「何が安心したんだ」
「結論が常識に一致したからさ」

一読後、小林秀雄「常識」の会話を思いだした。

抑制(我慢)が社会性の本質であるというメッセージに驚きを持つ者は多くないだろう。この常識から推論できることは、社会契約の合理性(我慢の表)とそれに伴う革命の論理(我慢の裏)である。

「リヴァイアサン」に見られるように、自分も他人も自己保存権を優先するという現実を認識したからこそ、それを調停するための社会契約がつくられた。人は、競争や憎悪や対立や摩擦や侵犯を積極的に予防するために我慢をしたのである。それが社会性という名をもったのである。

一方で、我慢に裏がある。我慢を消極的予防(保留)とするのが革命の論理である。我慢の背後に、社会の安定は実は下が決めているという心が含まれているのだ。

下位のサルは常に上のサルに従っているのではなくて、相手の力を常に観察し、隙があれば上手く上のサルの餌をちょろまかす。このような生物としての図太さが、革命の論理になっているのだろう。

■参考リンク
勢川びきのX記:4コマブログ
下位の「したたかさ力」



■tabi後記
天気/天災を意識的に感じられる期間は、人にいかなる影響を及ぼしているのだろうか。実家のマンションは11Fであるが、昨年に耐震工事が行なわれたので、以前よりも強い揺れを感じない・・。
posted by アントレ at 08:18| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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