2009年08月11日

tabi0236 市村浩一郎「日本のNPOなぜ不幸なのか?」

Non-profit organizationという言葉が生み出した不幸 -
いつの間にかNPO法の取り組む本質的課題が、日本社会の仕組みを変革することから、本人格という権利を獲得するということにすり替えられてしまった観がある。だからあえて繰り返すが、私は特定非営利活動促進法の制定は、失策であると考えている。そもそも「NPO法」とは私が作った造語であるが、特定非営利活動促進法を私はNPO法だとは思っていない。P221
市村浩一郎「日本のNPOなぜ不幸なのか?」(ダイヤモンド 2008)

著者らが構想したNPO法案は、NPOの法人格取得手続きを定める法律のみならず、税制上の優遇措置を規定する諸税法の改正を含むもので、ひとつの体系としてのNPO法を志向していたようだ。それとは異なる現在の特定非営利活動促進法については5つの問題を指摘している。

1. NPO法人の活動領域を17項目に制限されていること

2. 寄付税制の不備

3. NPOを「不特定多数の利益」の増進を図る活動をするものと規定されているため、特定少数のサービスが行ないづらくなっていること

4. 無償労働要件:役員のうち報酬を受ける者は3分の1以下でないといけない、という無償労働条件と10人以上の社員を有する者ものであるという条件があること。

5. 監督制度:行政の関与は、登記または登録などが正しく行われているかという点に留まるべきで、何か問題が発生した場合は、司法で解決を図るのがセオリーである。お上意識が招く設立認証の煩雑さを回避しなければならない。

NPOが含有する意味は、たかだが「分配のあり/なし」という意味でしかなかった。

その意味が、「収益追求あり/なし」と誤解されてしまったことに不幸のはじまりがあるだろう。意識せずとも、結果的として「経営不在」という事態が生じている。これが、日本のNPOの課題である。

現在は、Not for Profit(収益は酸素である)という意識を持つ方も増えている。これを意識だけで終わらせないためにも、実際にProfitをあげられる商才ある人が、NPOセクターへ参入したくなる制度設計が必要であろう。

■参考リンク
tacanoblog
TABLE FOR TWO小暮真久氏×チャリティ・プラットフォーム佐藤大吾氏×ETIC.宮城治男氏「社会起業はとにかく面白い」〜あすか会議2009レポート〜



■tabi後記
体調ももどってきたし、そろそろ運動を再開しよう。

「たい・ない」

人は何者かでありたい。
人は何者にでもありたい。
人は何者でありたくない。
人は何者にでもありたくない。
人は何者かにあれない。
人は何者にもあれない。
posted by アントレ at 11:14| Comment(0) | tabi☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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