2009年08月15日

tabi0243 十川 治江/松岡 正剛 「科学的愉快をめぐって」

ゆるい因果律・にじんだ対称性
松岡ーただ、僕がこれ以上説明できないのは、エピクロスのイメージが、あまりにも凝縮力が強くって、いろいろなものに応用できない。ふつう、僕の思考方法というのはグラフィク・デザインを見ようと、映画を見ようと、物理学を見ていても、それが直ちに他のものの良さに繋がるというので「ほうっ」と感心できるわけね。一人で悩まないで済んだ、解き放たれたなと思う。エピクロスにはなかなか他のものが棲みつかない。だから少し時間がかかると思っている。
実感としてはね、ミシンの先のようなものが「チュチュチュッ」と、細くて覚束ないながらもシャープにキックするようなフィジカル・イメージがある。さっきの喩えでいえば、ミルクのパックのような量子の中で「チュチュチュッ」とキックしている。こんなでたらめな印象だったら言えるんだけれども。(笑)P94
十川 治江/松岡 正剛 「科学的愉快をめぐって」(工作舎 1979)

・科学には厳密がお似合いだ。
・厳密の裏側には不思議が眠っている。
・愉快な科学を巡るため、不愉快な科学を裏返えそう。

このような企図がそこかしこに潜んでいる。

私にとって科学は愉快なものだったか?それが最初に浮かんできた問いである。

科学との出会いは、理科の授業だろうか。僕はこのあたりを想起することが出来ない。いささか想像力にかける。

私が今でも覚えていることは、小学校低学年のことだ。そのときの私は、ガスコンロでトイレットペーパーを燃やすという「偉大なる実験!」をしていた。何度も、何度も燃やしてみたが、一向に燃えない気配がない。僕は「燃えないことがあるのかもしれない!」と言っていた気がする。

その時に声をかけてくれた方は誰だったろう。担任、教頭、校長だろうか。ここは全く思い出せない。声の主は不在である。だが、声だけは私の中にのこっている。

「いや、燃えないということもある」

誰も聞き取っていなかった言葉だけれど、僕の中では確かに残っている。そして幾分か救われた気がした。

僕が、公教育へお願いがあるとすれば、科学哲学と歴史哲学とゲーデル数学の基礎を教えてほしいくらいだ。それを聞かないと、目が輝けない子供がいるはずだから。

■参考リンク
MILBOOKS
第一夜【0001】
第五十四夜【0054】
第六百六十夜【0660】
第八百二十八夜【0828】



■tabi後記
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posted by アントレ at 22:56| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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