2009年08月27日

tabi0265 マルセル・モース「贈与論」

我々は何を受領してしまったのか?(返報性の起源)
現在では、われわれは以前ほどポトラッチの存在に否定的ではなくなってきている。第一に、サモア島における契約的贈与体系は婚姻の時以外にも広がっている。それは、子供の出生、割礼、病気、娘の初潮、葬式、商取引に伴って現れる。第二に、いわゆるポトラッチの二つの本質的要素が確認されている。一つは、富が与える名誉や威信や「マナ」であり、もう一つは、贈与のお返しをすべきであるという要素である。返礼をしないと、このマナ、権威、お守り、そして権威そのものである富の源泉などを失う恐れがある。P30
マルセル・モース「贈与論」(筑摩書房 2009)

モースは、伝統社会においては「贈与」「受領」「返礼」の三つの義務が存在すると考えた。この3プロセスは伝統社会においてだけ見られるものではない。そのようにモースの研究は現代でも脈絡をもっている。

私が気になるのは「返報性の原理」が生まれた地点である。モースの理論を理論の拡大解釈をしてみるなら「受領」が生まれた場所である。恐らく、我々が贈与をしたことは「神」への返礼であったのだろう。

それは、生命が生まること、生きるだけの動植物、自然環境を受領してしまったからだろうが(原罪や業と云えるのか)。であるならば、なぜ「神」は宇宙を贈与したのだろうか。それは誰に対する返礼なのか、想像が働くところだ。

■参考リンク
池田信夫 blog
前回紹介したマルセル・モースの『贈与論』の続き
1205旅 マルセル・モース『贈与論』



■tabi後記
更に想像すると「神」が受領してしまったものは何か?になるだろうか。
posted by アントレ at 18:49| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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