2009年08月28日

tabi0267 高山宏「近代文化入門」

「ちがう」という時代に「同じ」をさぐる
何となくいろいろとつながってひとまりと意識される世界が、主に(1)戦乱その他の大規模なカタストロフィーを通し、かつ(2)世界地図の拡大、市場経済の拡大といった急速に拡大する世界を前に一人一人の個人はかえって個の孤立感を深めるといった理由から、断裂された世界というふうに感じられてしまう。その時ばらばらな世界を前に、ばらばらであることを嘆く一方で、ばらばらを虚構の全体の中にと「彌縫」しようとする知性のタイプがあるはずだ。それがマニエリスムで、十六世紀の初めに現れて一世紀続いたとされる。P62
高山宏「近代文化入門」(講談社 2007)

王立協会成立から300年(1660年-1960年)が、高山氏における近代300年である。その300年は、脱魔術化-魔術化の系譜であり、1660年以前-1960年以後において魔術(マニエリスム)が公然と扱われていることを示すための区切りである。

1957年に出版された「迷宮としての世界」ホッケは、次の2点を主眼にしてマニエリスム論を行なった。

1 つなげることで人を驚かせる技術論
2 つなげる方法として魔術的なものをいとわない

それは「分け」ないでワカルことを目指していたのだ。「わけず」に「つなぐ」ことによる理解である。駄洒落がつなぐことの低いレヴェルであるとすれば、魔術思考、魔術哲学が一番高いレヴェルであるとしたのである。このような研究を始動していったのが、1960年代に成熟していくワルブルク研究所(ウォーバーグ研究所)であった。ここからホッケイエイツスタフォードが生み出された。

マニエリスムを振返る
この本なりのマニエリスムの定義をもう一遍整理してみると、それは三つの条件からなる文化相だった。

(1)認識論的な哲学
(2)光学を中心とする自然科学
(3)幻想文学といわれる文学

この三つ組がたえず繰り返されている。引き金になるのはいつも、人間の置かれた不安な状況である。ソリッドなものが成り立たなくなり、固定されたものや足を置ける地盤がなくなったとき、こういったタイプの文化が登場する。
(中略)
「ファンタジー」とは元々はギリシャ語の「ポス」という言葉で、正式には"Phos"と綴る。「光」という意味であった。ギリシャ人が考えていた幻想とは、つまり光あっての幻想である。であるなら、非常に飛躍した比喩を使うと、「光の世紀」たる十八世紀は壮大なファンタジーの世界だったことになる。

「見える」こと即ち「わかる」こと。見えないものは断面にしてでも切り割いてでも何でもいいから、とにかく「見える」ものにする。これはこれで合理という名の狂ったファンタジアなのだ。幻想とは、光の対蹠地にあるものではなく、光そのものが何かの形で変質していくものである。ぼくは光のパラダイムとして近代を考えようとして、合理<対>幻想という批評的バイアスを棄てた。P293-294
高山宏「近代文化入門」(講談社 2007)

本書で紡がれる歴史
1525年 再洗礼派トマス・ミュンツァー処刑
1527年 サッコ・ディ・ローマ(ローマ劫掠事件
1532年「ガルガンチュアとパンタグリュエル」フランソワ・ラブレー
1534年 ミュールハウゼンの反乱
1564年 シェイクスピア生誕
1570年 ユークリッド「原論」英訳 ジョン・ディー序文
1592年 ヨハン・コメニウスウス生誕(ボヘミア 薔薇十字団
1601年 「ハムレット」,リアルの誕生(OED)
1603年 エリザベス一世没
1608年 ジョン・ディー没
1616年 シェイクスピア没,セルバンテス没
1617年 「両宇宙誌」ロバート・フラッド(薔薇十字団)
1618年 三十年戦争始まる
1631年 ジョン・ダン没(英文学 マニエリスム)
1632年 ファクトの誕生(OED)
1637年「屈折光学」デカルト
1642年 ニュートン生誕
1645年「アリストテレスの望遠鏡」テサウロ(アナモルフォーズ:多は一の中にある)
1646年 劇場封鎖令,ライプニッツ生誕
1648年 三十年戦争終わる
1649年 ピューリタン革命
1651年「リヴァイアサン」ホッブズ
1654年 ヨハン・コメニウス ロンドンへ亡命
1658年 レキシコグラファー(辞書編集者)の誕生
1660年 王立協会(自然知を促進するための王立協会),「世界図絵(オルビス)」
1667年「王立協会史」(初代総裁 トマス・プラット),リプリゼンテーション(表象契約)の誕生。(1966年 フーコー「言葉と物」)
1667年「失楽園」 ミルトン
1670年 ヨハン・コメニウス没
1671年「光と陰の大いなる術」キルヒャー
1678年「天路歴程」 バンヤン
1704年「光学」ニュートン
1707年 リンネ生誕
1709年 コンポジション(構図),ピクチャレスクの誕生
1716年 ライプニッツ没
1719年「ロビンソン・クルーソー」,デフォー(知の商人)
1720年 南海泡沫事件
1727年「四季」ジェイムズ・ワトソン,ニュートン文学
1728年「サイクロペディア」チェンバーズ
1757年「美学」バウムガルデン
1753年 大英博物館条例(ミュージアムが始まり、ヴンダーカンマー(驚くべきものを集めた部屋)の終焉)「植物の種」リンネ,「美の分析」ホガース
1762年「崇高と美の観念の起源」エドマンド・バーク
1775年「観相学断片」ラファーター
1852年「ロジェのシソーラス」(ロングマン)ピータ・マーク・ロジェ(王立協会員)

■参考リンク
近代文化史入門 超英文学講義/高山宏



■tabi後記
昨日から半藤一利「昭和史」を読み始めていたところ、ライフネット 出口治明さんが紹介されていた。
posted by アントレ at 08:55| Comment(0) | tabi☆☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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