2009年08月28日

tabi0268 渡辺利夫「新 脱亜論」

東アジア共同体は夢物語か
東アジアはその統合度を一段と高めるために、二国間、多国間でFTA・EPAを積極的に展開し、この地域を舞台に自由化のための機能的制度のネットワークを重層的に張りつめるべきであろう。しかし東アジアの統合体はFTA・EPAという機能的制度構築を最終的目標とすべきであって、それを超えてはならない。共同体という「共通の家」の中に住まう諸条件をこの地域は大きく欠いており、また共同体形成の背後に中国の覇権主義が存在するとみなければならない以上、東アジア共同体は日本にとってはもとより、東アジア全体にとってまことに危険な道である。P286
渡辺利夫「新 脱亜論」 (文芸春秋 2008)

「不条理に満ちた国際権力世界を生き延びていくためには、利害を共有する国を友邦として同盟関係を構築し、集団的自衛の構えをもたなければ容易にその生存をまっとうできない。叶うことであれば同盟の相手は強力な軍事力と国際信義を重んじる海洋覇権国家であって欲しい。」これを渡辺氏がイギリスへ送ったラブレターとして読むのもよいが、このような感慨をもたざるを得なくなったことに注目したい。つまり「なぜアジアではないのか?」という問いへの応答である。

大雑把に言えば、渡辺氏は「EUのまねをして東アジア共同体をつくろうというのは幻想である」という主張をされている。そして、この主張を支える点として1.経済発展段階の相違,2.政治体勢の相違,3.安全保障枠組みの区々,4.日中韓の政治関係における緊張状態,5.中国の地域覇権主義の5つを上げている。

渡辺氏の思考前提には、西洋と東洋、ヨーロッパとアジアという従来の思索軸はない。梅棹忠夫氏の「文明の生態史観」によるユーラシア大陸中心部と大陸周辺部国家群という対比的分類を基礎にされている。「ヨーロッパ的普遍主義」に対して「アジア的特殊性」を対置し、後者によって前者を超克しようするパターンをとるのではなく、日本はむしろ「ヨーロッパ的普遍主義」の一員として国家戦略を立てたほうがよいというのが著者の結論である。

■参考リンク
「文明の生態史観」と東アジア共同体
【正論】「新脱亜論」で訴えたかったこと
池田信夫 blog
文明の生態史観



■tabi後記
「文明の生態史観」と東アジア共同体に渡辺氏の主張がまとめられている。
posted by アントレ at 09:19| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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