2009年08月29日

tabi0271 梅棹忠夫 編「文明の生態史観はいま」

日本はアジアには属していない、というよりアジアなんて存在しない。
大陸ではなく、海に関心を持ちましょう。海は日本のもともとのふるさとです。海に戻りましょう。海というのはどこのことでしょうか。(中略)大陸へ行くには西に向かって同緯度をたどってゆくわけですが、こんどはそうではなく、南北の同経度連合を考えようというのです。太平洋の諸島を結びあわせた太平洋国家連合というゆきかたがあるのではないでしょうか。日本、インドネシア、ミクロネシア連邦、フィリピン、パプア・ニューギニア、オーストラリア、さらにニュージランド、これらとの島峡国家連合を本気になって考えないといけません。P220
梅棹忠夫 編「文明の生態史観はいま」(中央公論新社 2001)

著者は世界における日本の位置付けを熟考し、東洋・西洋という慣習的区分を乗りこえ、ユーラシア大陸を高度な近代産業文明の段階に達した第一地域、およびそうでない第二地域とに区分する。

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そして、日本をユーラシア東側における唯一の第一地域として、ユーラシア西側の西欧諸国と並行的に進化してきたというのだ。第一地域はその特徴として、封建制の存在と早い時期からの市場経済の発達があげられ、第二地域はその特徴として、古くから文明が栄えて専制的帝国を築いたが、封建制を発達させることなく、絶えず遊牧民による破壊的圧力にさらされ続けたことがあげられる。

この理論から考えられるが、中国人とアラブ人の行動様式に多くの共通性があること、日本人と西欧人とに共通する資本主義・市場経済への適応度の高さの指摘などがあるだろう。

「文明の生態史観」がもたらした意義は、東洋と西洋という二分法を放擲させたこと。 単一進化論の神話を破壊したこと(唯物史観では、狩猟ー遊牧ー牧畜と段階説を考えるが、生態史観においては、気候適応しているだけだと考える)。そして、封建社会が日本と西欧にしかなかったということを指摘したことであろう。

以上は「文明の生態史観」についてのレビューであるが、本書のユニークさは「文明の生態史観」出版後に、どのような批判や論理が追加されたのかということ視点が加わっていることだ。その中で特に焦点が当たっているのが、同緯度ではなく同経度というパラダイム転換である。

渡辺利夫「新 脱亜論」で指摘されていたように、日本はもともと海洋国家であるが、西の大陸にばかり関係を持とうとしてきた。最初に大陸に手をだして大やけどをしたのが663年の白村江の戦いで、新羅と唐の連合軍に対して百済と日本の連合軍がこの川で激突し大打撃をうけた。二回目が、秀吉の朝鮮出兵、三回目が日清、日露、日中の大陸出兵へと続いていく。

梅棹氏は、このような西の大陸での痛手や自らのフィールドワークを通じて「アジアというのは、そんなになまやさしいものと違います」という考えをもたれた。アジアの大陸的古典国家は、どろどろした人間の業がいっぱい詰まっているところであり、日本人のようなおぼこい民俗が手をだしてうまくいくものと違うと語っている。



■tabi後記
ガイア的視点にかけると言うのは簡単である。本論のようなクレイジーなことを説得的に語られるような人でありたいと思う。その一方で、観念誘惑には鈍感でもありたい。
簡略していえば「文明は装置系=制度系」であり「文化はそのデザインの問題」であるということになる。そして人類は、人間=自然系としての生態系から、人間=装置系としての文明系に進化してきた。その移行は連続的であり、現代文明といえども多分に生態的要素を残している。P155
posted by アントレ at 21:44| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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