2009年09月08日

tabi0283 竹村真一「地球の目線」

たまたま(球・魂)この星に生まれて
グローバリズムとは、国際社会が一つに結ばれることではなく、宇宙のなかの一個の球"globe"として地球を認識し、その一つの球体をシェアするコミュニティの一員として自「分」を認識することだ。(中略)そして、ここでの主題はメディアでもコンピューターでもなく、あくまで「人間」ーすなわち私たち自信のあり方、私たちが地球やそこに住む他者とどんなコミュニケーションを持ちうるか?という「関係のデザイン」である。P228
竹村真一「地球の目線」(PHP研究所 2009)


私たちは地球の上に立っている。だが、少しだけこの「球」の目線に立ってみれば、この球は「地」よりも「水」によって覆われているがわかってくる。この球が自己を称するとしたら、地球よりも水球と呼ぶのではないだろうか。

earth-1.jpg

そして、この膨大な水が優れた地に暮らす者にとっての保温材となり、緩衝材となり、生命を育む稀有の安定した環境を創出しているのである。

竹村氏は、水に祝福された惑星としての「チキュウ」とそこに暮らす「ニンゲン」との関わりを、水/エネルギー/食料という視点から提案している。そして、本書に含まれる提案には、この惑星には本来エネルギー問題など存在しないという前提が存在している。

なぜなら、この惑星には膨大な自然エネルギーが潜んでいるからだ。そして、その自然エネルギーの元手は太陽にある。(ここで、この惑星は太陽系に存在していることに視点が移行される)

Sun_in_X-Ray.png

800px-Solar_sys8.jpg

上昇気流生み、その空隙にまわりから空気が流れ込むことで風が吹く(風力発電)も、地表の水を山の上まで空輸され、雨が降り、川が流れる(水力発電)のも、海洋温度差、光合成(バイオマス)なども、この無料の自然サービスの賜物であるという。このような好都合な真実に気がつくことから、新たな未来が想像されるのだろう。

■参考リンク
Earth Literacy Program
東京も適度に水没して自然に返るくらいが丁度いいんじゃあないかって思っているんですけれど。笑
地球大学 第93回最終回「地球環境とグローバル・メディアの未来」村井純



■tabi後記
globeの認識として、触れる地球地球時計などが登場してきたのだろう。
posted by アントレ at 12:56| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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