2009年09月11日

tabi0286 鈴木秀子「愛と癒しのコミュニオン」

「自分」を捨てないコミュニケーション
「問題所有の原則」を心して、相手の問題を相手の中にとどめることは、本人が問題の本質の探究を推し進めていくことを可能にすると同時に、本来、自分が解決するべきではない問題を背負いこみ、ピントの外れた対処策に頭を悩ますという無駄を避けることができる。P69
鈴木秀子「愛と癒しのコミュニオン」(文芸春秋 1999)


著者は、賛成でも反対でもない、沈黙という受容感覚にもといたコミュニケーションを示されている。それはシュタイナーが言うところの「自分自身の内なる者が完全に沈黙するような習慣」であろう。本書がユニークなのは、私たちの常識とする「コミュニケーション観」を創造的に破壊しているところだ。なぜなんら、私たちの常識とする「コミュニケーション」の大半が「非受容の態度」で成り立っていると示されるからだ。

例えば、「命令・指示」「注意・脅迫」「訓戒・説教」「忠告・解決策などを提案」
「賞賛・同意」「解釈・分析・診断」「激励・理解・同情」「探る・質問・尋問」・・・このような数々コミュニケーション態度は「非受容的な態度」なのである。なぜこれらが問題なのか?それは、このような態度には、相手を変えようとする意志が内在化されているからだという。そして、これらの言葉を発してしまう背景にある「人に対する恐れ」、この深層背景に対して著者は分析をされていく。

人に相談をするということは、少なからず相手へ依存をし、協同して問題解決をしてもらおうとする心的傾向があらわれている。そして、相談を受ける者も、共に解決をしようという態度が出てしまうものである。本書が提案するのは、それを停止することなのである。それは、相手を1人に突き放すことではなく、相手を1人の問題解決者として尊重し、それに対して「あなた」がどのような相談空間を誘うことができるか?という「愛」(成長へと誘う)の実践することなのだ。

■参考リンク
心のおもむくままに



■tabi後記
Soul Village Philosophia(ソウルビレッジ・フィロソフィア)の説明会に参加する。自分が考えていることが、当たり前のように話される環境には早々出会う事はできない。僕は自分でそういう環境をつくってきたけれど、このような学習環境が「パッケージ」として提供することは滅多にないだろう。

木戸さんをはじめとする講師陣の方々は、徹底した本質思考と言語ゲームとの戯れの中で「自己」を見出し、その探究から表出してきた内なる創造性を、ソーシャルデザインとして「企画」をされている。宇宙の根っこをとらえながら、地球の地に足をつけている人は早々いない。このような方々が存在していることを知っておくだけでも、人生は面白くなっていくだろう。笑

農と脳(生命神秘、宇宙の根源へのアクセス)(自由とは何か、平等とは何か、意識と自己とは何か、能力とは何か)支配と組織、マネーと信用、創造と企画。このようなテーマに関心があれば、講座に出るといいかもしれない。
posted by アントレ at 23:32| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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