2009年10月10日

tabi0311 NHK取材班「『空海の風景』を旅する」

ZEN/SEX/LSD/BMI
司馬遼太郎が作品のテーマに掲げた「天才」の成立条件とは、一体なんだったのだろうか。その回答が、ようやくおぼろげながら見えてきたように思った。

「空海」とは、限りなくゼロであり、無限だということである。枠外しということである。本当の意味での平等とは、自分が向き合う人をある枠付けしたフレームから見ている限り果たしえない。国家であり、民族であり、宗教であり、性別であり、貧富である。私たちは自分のアイデンティティーを語ろうとするとき、何らかの枠の範囲内にある自分の所属性に頼ろうとする。しかし、その所属性が引き裂かれているマイノリティーの人々も大勢いる。
(中略)
もとより、文字通り枠を外して生きることは困難だ。外側から規定されたアイデンティティーではなく、みずから「おまえはいったい誰なんだ」という絶望的な問いを絶えず自
分に突きつけながら生きてゆくしかないからである。

それを行なおうとしたのが、実は空海だったのではないか。
枠とは、実は外側にあるのではなく、自分の心の中にある。

自分の表皮を一枚一枚めくって削ぎ落としていった時、私たちはたまらない不安におちいる。そして、ふたたび皮をまとって自分と他者を区別し、差別する。人にとって、自分の心の枠を外そうとすることは、みずからの崩壊につながるほど恐ろしいことなのだ。

その不安な作業を、終生、行なっていたのが空海ではなかったかと思う。「天才」とはまさに、その不可能にたえず挑んでいった人間だったのではないかと思える。P362-364
NHK取材班「『空海の風景』を旅する」(中央公論新社 2005)


執筆時期を考案すると、司馬遼太郎は「坂の上の雲」にて日本という国家を書くかわたらで、「空海の風景」のおいて「国家」という枠を外れた人物像を想像していたようだ。

本書は、2002年1月4・5日にNHKスペシャルでテレビ放映された『空海の風景』の制作秘話がスタッフによって執筆されている。プロジェクトが発足してからしばらくして、「2001.09.11」が起きた。そこで問われたのが「なぜ今空海なのか?」ということだった。そして、1976年に司馬遼太郎が描いた「空海の風景」から25年以上が経過した「今」において、どのように空海を描くのか。

本書では、空海の今、そして司馬を通じた空海の今という2つの「今性」を抱え込んだプロジェクトとなっている。複数の時を超越しながら発見された世界観を体感する上では、非常に有益な論考となっている。その中でも私が注目したが「空海と性欲」についてであった。

空海は自分の体の中に満ちてきた性欲というこの厄介で甘美で、しかも結局は生命そのものである自然力を、自己と同一化して懊悩したり陶酔したりすることなく、「これは何だろう」と、自分以外の他者として観察するという奇妙な精神構造をもっていた。この一事で空海は他の若者とまったくちがう何者かとして奈良の大学に存在した。P103-104
NHK取材班「『空海の風景』を旅する」(中央公論新社 2005)


この時の空海の哲学は、後の最澄との関わりにおいて如実に反映されていると思わされた。

想起されるのは、最澄が頼みこんだ『理趣釈経』借覧を拒否したときの空海の姿だ。空海は、この経典が男女間の性交の無自覚的な奔放につながることを警戒していた。たんに欲望を肯定するだけではなく、欲望をみずから自在にコントロールできる境地に達するためには、文字面の理解のみでは不可能とし、そのためには厳しい修行を通じて身をもって経典の真意が体得されることが必要だと考えた。密教に全身を投じる覚悟のない者が、その思想を断片的に吸収、引用することは、薬を猛毒に変えるように、きわめて危険なことと自覚していたと思われる。P299
NHK取材班「『空海の風景』を旅する」(中央公論新社 2005)


先日「LSD: Problem Child and Wonder Drug」というドキュメンタリー映画を見た。この映画は、LSDの発見者、アルバート・ホフマン博士の100歳の誕生日を記念に2006年、1月11-13日にスイスのバーゼル市で開催された「国際LSDシンポジウム」を撮影したものである。

私は、ZEN/SEX/LED/BMIというものを1つの系の中で論ずる可能性を考えてみた。それは意識変容の経験というものではなく、意識変容技術を飼いならす技術という地平での話しである。その話をするためには「倫理」という言葉では扱える範囲が狭すぎる。恐らく「アート/哲学」に対する根本的理解と突発的行動を合わせ持つことでしかものが飼いならせないと思ってきている。これはいよいよ楽しくなってきた。

■参考リンク
241旅 『『空海の風景』を旅する』 NHK取材班



■tabi後記
明日は円覚寺で坐禅会です。
posted by アントレ at 19:18| Comment(0) | tabi☆☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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