2009年12月06日

tabi0322 西岡常一/小川三夫/塩野米松「木のいのち木のこころ」

宮大工、彼らは、寺院建築に山の命を生き移す者
弟子のなかにも早く覚えたいからといって本を読むやつがいる。鉋の刃はこうしたほうがいい、こういうときはこうすればいい、って書いてある。そいつがそのことを仲間に話すわな。みんな、なるほどと思う。言葉っていうのは便利で、なるほどと思えばそれで自分ができる気になるからな。俺にも聞いたようなことを質問してくる。しかし、俺は言葉では教えんよ、やって見せるんだ。しかし本で覚えたことは自分の手でやっていないから、俺が手本を見せてもなかなかわからんわ。そういう意味で本を読んでも無駄や。それどころかそんなことに気を遣い、意識するだけ上達は遅くなる。棟梁が俺に手紙をくれて、「心を空にして指導教示を受け入れる様に」って書いてあったけど、そのとおりなんだ。P293
西岡常一/小川三夫/塩野米松「木のいのち木のこころ」(新潮文庫 2005)


西岡常一にとって寺院建築とは千年近い山の命の形を変えたものだった。

西岡常一や弟子の小川三夫の言葉を噛み締めれば噛み締めるほど、彼らは希有な仏教信者なのだという思えてくる。彼らは、その生き方こそが神官に近いのかもしれない。

法隆寺の棟梁といっても、毎日仕事があるわけではない。そのような仕事のないときには農業をやって食っているのだという。「宮大工というのは百姓大工がいい」というのは、彼が農業専門学校に通わされたことに起因していると思う。(その推挙をしたのが彼の祖父である)。

神官として生まれついて定められた信仰の派生に宮大工があるのだろうか。

■参考リンク
一生を、木と過ごす。宮大工・小川三夫さんの「人論・仕事論」。「これでも教育の話」より。
[書評]宮大工西岡常一の遺言(山崎祐次)
見知らぬ世界に想いを馳せ



■tabi後記
金曜、土曜と奈良・京都を探索しております。法隆寺には行かないと思いますが、三十三間堂/興福寺/東大寺/東寺などは圧巻とするものがありました。
posted by アントレ at 11:36| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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