2010年01月01日

tabi0330 マキアヴェリ「君主論」

まきゃべりずむ?
17 冷酷さと憐れみぶかさ。恐れられるのと愛されるのと、さてどちらがよいか
たほう、人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである。その理由は、人間はもともと邪なものであるから、ただ恩義の絆で結ばれた愛情などは、自分の利害のからむ機会がやってくれば、たちまち絶ち切ってしまう。P99
マキアヴェリ「君主論」(中央公論新社 1995)


25 運命は人間の行動にどれほどの力をもつか、運命に対してどう抵抗したらよいか

わたしが考える見解はこうである。人は、慎重であるよりは、むしろ果断に進むほうがよい。なぜなら、運命は女神だから、彼女を征服しようとすれば、打ちのめし、突きとばす必要がある。運命は、冷静な行き方をする人より、こんな人の言いなりになってくれる。P147
マキアヴェリ「君主論」(中央公論新社 1995)


目的のために手段を選ばないでいい。マキアヴェリズムという言葉ほど誤解されてきた言葉はめずらしい。マキアヴェリは「目的のために手段を選ばないでいい」などと一度も書いておらず、『君主論』のどこを読んでもこのような論旨が展開されていない。

むしろ本書を読む限りでは、マキアヴェリは徹底した手段志向であると感じる。彼の論理階層に徹した文章を読めば理解出来る。君主をターゲットにしたビジネス書を読み終えた気分です。

■参考リンク
第六百十夜【0610】2002年09月02日
390旅 マキアヴェリ『君主論』



■tabi後記
入不二さんの書籍あたりから運命論を押さえてみようかな。
posted by アントレ at 17:27| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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