2010年01月13日

tabi0333 ジョナサン・コット「奪われた記憶」

私たちの記憶はなぜ存在するのだろうか?
あなたはなぜ、私たちが本来の真の自分を忘れているとお考えなのでしょうか。また、どうしたら私たちはそれを思い出せるのでしょうか。

M(トマス・ムーア)グノーシス主義的な質問ですね。グノーシス主義者たちは、心は彼方から地上にやってきた後、自分たちがどこからやってきたのかを忘れてしまうと言っています。ですから彼らはこう問います。私たちはどうしたら思い出せるのか?どこに兆候があるのか?グノーシス主義者たちは、私たちは時どきメッセージを受けとると言います。夢は、私たちの記憶の、私たちが本質的に何者であるかということの源であるという人もいます。そして、それは何千年もの間、問われてきた問いなのです。P178
ジョナサン・コット「奪われた記憶」(求龍堂 2007)


「ショシンタブレ - 0からやりなおしたろう - 」

planA-syosinsya.jpg

こんなタイトルで妄想企画書もどきを書いたがことがありましたので添付しておきます。

概要:

この習慣っていつ身についたのかな?

あなたは、そんな思いを抱いたことがあるだろうか。


どうして歯を磨けるようになったのだろう?
どうしてがゴミ箱にゴミを捨てるようになったのだろう?

ショシンタブレは、あなたが抱いた問いにこたえてみせます。

そのためには、
あなたにとって当たり前になっていることを消してしまう必要がある。


それがショシンタブレが提供するサービスです。

詳細:

ショシンタブレは、記憶をリセットするのではありません。

習慣消去によって生じるであろう、初心。


その初心がありもしない方向へ帰着するのを見守るサービスです。

私たちは初心者志望の味方です。

歯をみがけなくなったら、あなたの生活は歯みがきに挑戦する生活にかわります。人は習慣に飼いならされ、それが出来なかったときへさかのぼることが出来ないようです。

ショシンタブレはそれを可能にしようと思うのです。

あなたが歯みがきだけが抜け落ちた生活をするとどうなるのだろう?

記憶は消しても、体が覚えているかもしれませんだがそれもまた新たな発見でしょう。
そのような発見こそが、ショシンタブレたる者の試みなのです。


開発責任者談話:
情報を蓄えることによって選択の習熟・成熟を計っていこうとする世の中の流れにのりたくない。この天の邪鬼さだけが開発の起点でした。MIB社が志しているのは未熟への道です。もはや未熟でもないのかもしれない。行為が欠落したまま生活は行なわれるかもしれないから。

■参考リンク
極東ブログ [書評]奪われた記憶(ジョナサン・コット)



■tabi後記
MIB社は粛々と成長しているようです。21日のゼミには潜ってみよう。
posted by アントレ at 15:58| Comment(0) | tabi☆☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。