2009年02月26日

tabi0083 ジェームズ・アレン「「原因」と「結果」の法則」

人々の多くは、環境を改善することには、とても意欲的ですが、自分自身を改善することには、ひどく消極的です。かれらがいつになっても環境を改善できないでいる理由が、ここにあります。自分自身を改善するということは、真の意味での自己犠牲を払うということにほかなりません。真の自己犠牲とは、心の中からあらゆる悪いものを取り払い、そこを良いものだけで満たそうとする作業です。P28
ジェームズ・アレン「「原因」と「結果」の法則」(サンマーク出版 2003)


引き寄せの法則でも、心を法則にしてしまう。その場限りの決定/成果を、いつでも通用する理論にしてしまう。そして理論を読んで、わかった気になってしまう。

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■ 参考リンク
[書評]すすんでダマされる人たち ネットに潜むカウンターナレッジの危険な罠
反「反知識」- 書評 - すすんでダマされる人たち
DESIGN IT! w/LOVE



■ tabi後記
内容がない本をムリヤリ図解することは良いトレーニングになる^^;
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2009年01月27日

tabi0058 下條信輔「サブリミナル・インパクト」

二〇年前に較べると、選択肢の増大と市場デモクラシーによって、米国家庭の生活は疑いの余地なく豊かになった。たとえば皿洗い機のある家庭は九パーセントから五〇パーセントに、洗濯物乾燥機のある家庭は二〇パーセントから七〇パーセントになっている。それなのに、平均的米国人は心理的には孤立感、無力感を深めている。これはなぜか。シュワルツ(「なぜ選ぶたぶに後悔するのか」著者)によれば、このパラドクスにはふたつの解釈があり得ます。まず第一、選択とコントロール(自己統制感)の経験が広がり、深まるにつれ、それに見合うように期待も増す。制約がひとつひとつ壊されるにつれ、まだ残っている制約がよりいっそう不愉快に感じられる。というわけで、いたちごっこ、というより事態はむしろ悪化するという解釈がひとつ。そして第二の解釈は、単により多い選択肢がより大きな自由を意味するとは限らないという原理的な点です。P147
下條信輔「サブリミナル・インパクト」(ちくま新書 2008)


tabi19tabi28で取り上げた下條さんの新刊です。論点は前2冊を読めば十分だと思いますが、アップデートされた研究結果を確認する意味で読んでみてほしい。

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■ 参考リンク
過剰な「選択の自由」と、広告の役割



■ tabi後記
本日で今期テスト/学校が終了。今日から2ヶ月間は勝負です。
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2009年01月26日

tabi0057 吉田たかよし「「脳力」をのばす!快適睡眠術」

残念ながら、万人に当てはまる理想的な睡眠時間は存在しないというのが医学研究の結論です。(中略)一人ひとりにとって理想的な睡眠時間を平均すると、7時間30分程度になるのは事実です。しかし、だからといって、あなたが7時間30分の睡眠をとればそれでよいというわけではありません。(中略)睡眠の一サイクルが90分だというのは、あくまで平均です。実際には個人差があり、短い人だと80分、長い人だと110分ということもあります。P131,147
吉田たかよし「「脳力」をのばす!快適睡眠術」(PHP新書 2006)


起床時に「起床時間」と「就寝時間」を記し、就寝前に日中の気分、日中の精神的肉体的活動。日中の眠気を1-5点でチェックする。これを2週間続ければ、"あなた"の睡眠サイクルと適切な睡眠時間が分かるだろう。平均の罠にとらわれてはいけない。2週間の記録結果から何をどのように解釈し、その後にどうすれば良いのかは次の機会に話したい。(画像には全くデザイン要素を入れてないので、改良プラン希望。行動科学な考えも付け加えたい。)

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以前サーカディアンリズムを取り戻す上で、光刺激起床法が良いことを書いた。それは、視交叉上核をはじめとした体内時計を調整するためである。

■ 参考リンク
日本時間生物学会
深田研究室 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻
柴田研究室 早稲田大学先進理工学研究科電気・情報生命工学科
岩崎研究室 早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科



■ tabi後記
一日生きることは、一歩進むことでありたい。【湯川秀樹】
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2009年01月24日

tabi0055 藤本篤志「御社の営業がダメな理由」

三十分の面談というと易しいことのように思われるかもしれません。 しかし実際にヒアリングを行ってみると思いのほか長く、果たして、毎日、家庭で奥さんとそれだけの時間、正面から向き合って会話している人がどれだけいるでしょうか、というくらいの時間です。(中略)三十分間、上司との話を持たせるためには、やはりそれなりに仕事が前方に進展しているという状況の変化が必要です。つまり、このヒアリングは、営業マンが実質的な意味で仕事をしていないとどうやってもぼろが出てしまう仕組みなのです。P129
藤本篤志「御社の営業がダメな理由」(新潮新書 2006)


書評をするか迷いましたが、読者ターゲットの違いと思い込んで納得しました。本書の事例として扱われるような企業(チーム)でなければ読まなくて良い。

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本書では、マネジャーのヒアリング業務が改革の肝になっているはずだが、さして論じていない。



■ tabi後記
ムサビの卒制を見に行きました。初めてといっていいほど、同世代のアウトプットに驚異と焦燥感をもった。
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2009年01月21日

taib0052 山本一郎「情報革命バブルの崩壊」

マーケティングによって、個が求める情報が専門的に与えられることが、結果として個の集団における共通の知識の喪失をもたらすのは、自分の知らない情報や権威、価値に対する拒否反応に他ならない。ただでさえ自分の興味のあるものに対する情報がそこら中に転がっているのだから、自分に関心のないものは積極的には知ろうとはしない。その関心のない領域で何らかの事件や騒動が起きた場合に、自分が関心のないものの価値の有無や真贋など分かるはずがなく、他者の価値を理解できない。理解できないことに対しては、その相手に対する好意がない限りは全体的に否定的な態度を取ることになる。P87-88
山本一郎「情報革命バブルの崩壊」(文春新書 2008)


第2章をよんだ時に「学びからの逃走アーキテクチャー」という言葉が想起された。想起のキッカケになった論理を参照している記事があったのでリンクする。(当ブログで幾度かリンクさせて頂いているが。)

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ディスコミュニケーション社会における処方箋として思い浮ぶのが、プロとプロを繋ぐプロになるという視点である。この度は「ジェネラリスト」と表現させて頂いた。しかし、今回の記事で力点をおきたいのが「カウンセラー」という処方箋だ。「ジェネラリスト」と近いのだが、幾分か違う。それは「阿呆らしさ」がUSPなのである。教えたくなる感を醸し出す能力といったらいいだろうか。もちろんカウンセラーは演出をしているのであり、"演出"とさとられないような演出が出来る。「カウンセラー」という処方箋は、コーチやメンターといった権威的役割ではなく(自らが権威になれてしまうのだから!)、角界における「かわいがり」的な欲望を満たす役割が求められいる。

■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■ tabi後記
tabiも50を超えてきた。日々の思考が鋭敏になっているような気がする。
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2009年01月20日

tabi0051 岩田昭男「「信用偏差値」―あなたを格付けする」

ひとつはプレミアムカードを多く発行して信用の高い優良顧客を囲い込むーこれはすでに実行されているー。さらに一歩進んで、カード返済履歴によって、クレジットスコアという「信用偏差値」をつくり、それによって、利用者を格付けして囲い込んでしまおうという戦略だ。信用の格付けを広く普及させることで、富裕層に有利な社会構造に変えてしまおうというものである。P12
「「信用偏差値」あなたを格付けする」(文春新書 2008)


「貨幣の多様化」、「購買行動をもとにした監視行動」を予期するために読了。中味は薄いが、トレンド把握と割り切って読む。データマイニングに関心がある方は、キャピタルワンを事例にした「その数学が戦略を決める」を読むと良い。

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■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future



■ tabi後記
09年も5.5%が終わった。みなさまの目標状況はいかがだろうか?
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2009年01月13日

tabi0041 蔵研也「無政府社会と法の進化」

既存の国家を無政府社会にすることは無理であり、むしろ、大洋に浮かぶ無数の島のひとつ、あるいは複数を富豪や会社が買い上げて、無政府社会とするほうが安上がりで、かつ現実的かもしれない。また別のものには、海洋上に人工島を浮かべて、その連合によって主権国家を形成し、さらには無政府社会を作り出すという構想もある。P19
蔵研也『無政府社会と法の進化』(木鐸社 2007)


ゲーテッドコミュニティに付随する話に興味がそそられる。超管理社会と自律分散社会の間にある「限定性とゆるい開放性」のマネジメントが肝になるなと感じる。このあたりは、NPOにおけるステークホルダーマネジメントと通底するところ。

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■ 参考リンク
蔵研也 BLOG
無政府の法と社会



■ tabi後記
レポート課題を2,3頂いたのだが、どれも思考済みのものだった。(Blogのおかげだ。)後は書くだけであるが、自らを追いつめるためにも細部を詰めてみる。
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2009年01月06日

tabi0036 ダニエル・ゲラン「現代のアナキズム 」」

《統治されること、それは、資格も知識も徳もない輩によって、厳しく監視され、検査され、スパイされ、指揮され、法律をつくられ、規制され、枠にはめられ、教育され、説教され、吟味され、評価され、判定され、難詰され、断罪される事である。(中略)これが政府というものである。その正義である。道徳である。・・・おお、人間の人格よ!お前は、六十世紀もの長い間、この惨めさの中に埋没していられたのか?》。バクニーンにとって、国家は《大衆の生活をむさぼり食う抽象物》であって、《その抽象物に守られ、それを口実にして、現実の願い、すべての生き生きとした力が、鷹揚にも満ち足りて死にいたり、埋葬されるに委されている広大な墓地である》なのである。P24-25
ダニエル・ゲラン「現代のアナキズム 」 (三一書房 1967)


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40年前の新書を読む機会はそうないことだ。ソ連崩壊というファクトがある中で、どういった解釈を行うかがもとめられる。

プルードンは私的所有の弊害を見て共同所有を求めることも、私的所有の弊害を無視することも、ともに有害であるとして、人は矛盾とともに生きる覚悟を持ち、バランスを保つべく認め合い協力する「相互主義」が大切であると述べた。

その思想を現実化するために1849年に27千名の会員による『人民銀行』という名の相互信用金庫を創設するとともに会員相互に通用する地域通貨を発行している。

バクーニンの功績の一つは、マルクスの主張するプロレタリア独裁とは、実態は少数者による独裁にすぎないと徹底的に批判したことといわれている。しかし、バクーニンもプロレタリア独裁のような過渡的な独裁論を後に考えており、バクーニンは仲間に充てた手紙の中で「見えざる独裁」「不可視の独裁」と呼んでいる。

クロポトキンは当時の進化論者の間で主流であった個体間の生存競争の重要性を否定し、むしろ生物が集団内でともに相互に助け合いながら、環境に対して生存の闘争を繰り広げていると認識した。

このクロポトキン流の相互扶助をベースとした進化論的自然認識が社会に適用されることで、自由な共同体の連合を基礎として都市と農村が有機的に統一された自治的協同社会を実現しようとする。

マルクスもまた国家についての究極的立場は「国家の死滅」であり、その意味ではマルクスの思想もまたアナキズムだといえる。

■ 参考リンク
Wikipedia アナキズム
アナキズムFAQ




■ tabi後記
昨日は良い論考が書けた。明日までに体調が全快するようにしたい。
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2009年01月04日

tabi0032 河瀬誠「戦略コンプリートブック」

仕事で"なぜ"と聞くのは、相当なエネルギーがいる。"なぜ"と聞いて、的外れでも答えを返してくれるならいいほうで、たいていの場合ははぐらかされたり、怒られたりする。みんなが知っていることを聞いて、バカと思われるのも嫌だ。(中略)これからの時代には「常識」を疑う"天の邪鬼"な頭が必要だ。もっとも、天の邪鬼といっても、何でもケチばかりつけて、動こうとする人の足を引っ張る、陰気な天の邪鬼ではない。自分の頭で考えて前に進み、また知識を引っ張っていく"前向きな天の邪鬼"を目指してほしい。P292-293
河瀬誠「戦略コンプリートブック」(日本実業出版社 2003)


寺嶋さんに借りた。ぱらっと見た感じですが「問題解決の全体観」のほうが優れていると思います。

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■ 参考リンク
仮説思考と論点
河瀬 誠




■ tabi後記
明日で冬休み中に関わっていた案件が小休止を迎える。
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2008年12月31日

tabi0027 ポール・ クルーグマン 「グローバル経済を動かす愚かな人々 」

このモデルを勉強することによって、多くの人が知っているつもりでいながら理解できないでいる重要な事実を知ることができるからである。このベビーシッターのモデルは、アラン・グリーンスパンがクーポンの供給をコントロールする、アメリカ経済の縮図のようなものである。そこで特に二つの事実を強調したい。最初に、通貨供給量の増加による成長と、長期的な経済の増大要因による成長の根本的な違いである。(中略)不適当な流動性のためのうまく調整できなかったマネー・サプライが、その増大によって流動性が保たれるようになり、問題が解消されたということ、それだけなのである。第二に、このベビーシッターの話から理解できるように金融政策には限界がある。カネが少なすぎるのも問題だが、クーポンを増刷することでGBPを上昇させることができたとしても、ある程度までしかできない。実際、あまり多くのクーポンを刷ることは、会に打撃を与えてしまう。過度の金融緩和政策は逆効果である。P148-9
ポール・ クルーグマン 「グローバル経済を動かす愚かな人々 」(早川書房 1999)


2008年にノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンの書籍を読んでみる。すっかり錆び付いてしまった経済学の知識を少しづつ研ぎすましていきたい。

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■ 参考リンク
経済を子守りしてみると。
ケインズ反革命の終わり



■ tabi後記
今年もおしまい。SNSをみていて思ったのは、「なぜ振返るのか?」ということ。

僕は振返ったとしても、そこに足跡があるとは思わない。足跡がありたいと思うからだと思っている。そして、足跡をつくる足はあなたの下にあり、密着している。

「振返らずに駆け出すだけ。」そんな言葉を小学生の時に聞いた気がするが、今でもこの言葉は間違っていると思う。「振返りながら駆け出すのだ。」そんなヤワなことも言わない。

「駆け出して振り切るのだ。」やっぱりこれ。跡などみえない。

先の跡。その後に連なる自分。それを大切にしていく。
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2008年12月30日

tabi0026 マッテオ・モッテルリーニ「経済は感情で動く」

給与が増えたり減ったり、株やギャンブルで勝ったり負けたりするときの人の反応を、「プロスペクト理論」は次のように予測する。絶対水準ではなく、ある水準からの「プラス・マイナス」で(参照点依存型)。利得よりも損失に対して約二倍の価値で反応する(損失可能性)。利得の場面ではリスク回避的に、損失の場面ではリスク追及的に振舞う(その判断は「フレーミング効果」に左右される)。確率に主観的な重みづけが加わる(確率「1」の近くでは「確実性効果」がはたらく)。P135-6
マッテオ・モッテルリーニ「経済は感情で動く」(紀伊国屋書店 2008)


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ダニエル・カーネマンが02年にノーベル経済学賞を受賞した理由となったプロスペクト理論尾価値関数を載せる。初めて読む行動経済学の本としては、適切だと思う。

■ 参考リンク
Homo Economicsの正体 - 書評 - 経済は感情で動く
ECONO斬り!!



■ tabi後記
先日、藤沢烈さんのインタビューにいってきた。ベンチャーの定義、創造的に自らの枠を破壊していく事が印象に残った。正気と狂気の境に切り込もうとする"言葉への態度"に感銘をうけた次第。
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2008年12月25日

tabi0023 芹川洋一「政治をみる眼 24の経験則」

政治の法則というのはおこがましいので、経験則とよんでいる。かくあるべきの「べき論」でも、理念による整理の型でもない。それは現実政治の動きをまとめたもので、政治のリアリズムである。以下に列記した二十四項目をながめていると、日本政治の今の姿がうかびあがってくるのではないだろうか。それをどう考えるかは、有権者である読者一人ひとりの判断だが、この国民にしてこの政治あり、である。つまり、われわれを映す鏡がここにあるということだ。もし、政治がおかしいとすれば、それはわれわれ自身の姿がそうだ、ということでしかない。P12
芹川洋一「政治をみる眼 24の経験則」(日系プレミアシリーズ 2008)


示唆はないが、経験則として割り切って捉えてみる。

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■ tabi後記
我が家の前にカフェがあるのですが、そこのホットケーキがもの凄く美味しかった。これは通うわ。

今年も後5日。年末という力をつかい、平時では行いがたきことをやってみよう。



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2008年12月23日

tabi0021 山口二郎「若者のための政治マニュアル」

必ず世の中は変えられるという楽観、進歩への信頼がなければ、人間は現実の奴隷になる。しかし、本当に世の中を変えるためには、現実を冷静に見渡し、策を周到に練らなければならない。そのためには、一時の熱狂に踊らされない慎重さと、有益な政策を見極める熟慮が必要である。懐疑的な進歩主義、楽観的な保守主義こそ今の日本に必要な精神である。P198
山口二郎「若者のための政治マニュアル」(講談社現代新書 2008)

いい人なんだろうけど、自身が要求するエビデンスベースの議論が出来ていない。(新書という体裁制約を差引いても。)言葉の定義を見定めずに直進する。思う、思われるという感じを、そうだ、そうなるはずという断定にすりかえる箇所等が転がっていますので。アジテーションじゃ変わらない。再現性があるのが「マニュアル」です。

具体的な箇所を指摘できるのが1つの力だと思うので、そういった意味では本書を読んでほしい。(もしや意図的にやっているのか!)

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上図はノーラン・チャートといわれるもの。アメリカのリバタリアンであるデービッド・ノーランによって広められた政治思想の概念図です。

リベラル=左派(ex 本書)は個人的自由を求める一方、経済的には個人から自由を奪い福祉国家・社会主義を目指す。(傾向にある。)そんな単純ではない。保守=右派は経済的自由を求める一方、個人的自由を奪い愛国心を強要し、家父長制など旧来の価値観を強要する。(傾向にある。)これもそんな単純ではない。笑

リバタリアンの重んじる伝統は、伝統が長年の試練を経ても「なお残っている」ということが、自然淘汰的に安定なした知恵だと「みなして」いる。

つまり、人間が一生かかってたどり着けない<真理>に近いはずであるという、理性の限界(諦念からの出発)があるのだ。(保守っていうのは、本来的にこういう意味なんだろうがね^^;)

■ 参考リンク
山口二郎


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tabi0020 内田亮子「生命をつなぐ進化のふしぎ」

生物の先生のWebサイトに、「最近では、進化は自然選択による必然ではなく、偶然におこるという考えが主流である」と書かれているが、これは適切ではないだろう。自然選択は「ランダムな変異の出現と局地的環境とその時点での生物の状況に応じたノンランダムな複製」のメカニズムであり、「必然的な変異の出現と必然的な維持継承」ではない。すべては偶然から始まり、さらなる偶然とバイアスが組み合わさって積み上げられてきたにもかかわらず、その歴史を現在から見ると、あたかも現在の機能に向かって必然的に始まり進んできたように見えるものが含まれる、これが生命である。また、最初から合目的的にデザインしていたなら誰も考えつくことは決してないような形や機能も出現する。この多様性の機序ほど、驚異的で感動的なことはない。P19-20
内田亮子「生命をつなぐ進化のふしぎ」(ちくま新書 2008)


ほぼ全ての文に参考文献が銘記されるほど「知の誠実性」が満ち溢れている。感心はするのだが、読みにくい。

そして参考リンクにおいて、「知の誠実性」への誠実性が欠けている事に気がつく。権威に無批判になりすぎていたことに反省。

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■ 参考リンク
読書の記録
めのうら。


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2008年12月21日

tabi0018 林成之「<勝負脳>の鍛え方」

ぜひ銘記していただきたいのは、人間の記憶はすべて、短期記憶中枢である海馬回でおこなわれているということです。記憶とは、そもそも短時間で消える仕組みになっているのです。私たちは常日頃、一次的な記憶そのものではなく、脳内で再構成されたイメージ記憶でものを考えたり運動したりしているのです。覚えたことをすぐ忘れてしまう、あるいは自分は勘違いが多い、悩んでいる方は多いと思いますが、悩む必要はまったくありません。記憶とは、そういうものなのです。P34
林成之「<勝負脳>の鍛え方」(講談社現代新書 2006)

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新書だからかな。科学的態度が不足してる。引用を示す等をして反証材料を用意しておくなどね。自分で考えを創っていく態度には共感しました。

■ 参考リンク
情報考学 Passion For The Future
asahi.com

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tabi0017 大槻義彦「大槻教授の最終抗議」

そもそも、血液型判断や占いが「A」「B」「O」「AB」に分ける、ABO式血液型だけで行われていること自体、まったく意味がない。血液の「型」とは、血液中の血球がもつ抗原の違いによる分類で、赤血球の抗原抗体で分けるABO式血液型はもっともポピュラーであるが、型分類の一種類にすぎない。赤血球の抗原抗体で分ける方法ならRh式血液型もあるし、白血球の抗原による分類にはHLA型、その他にもMN式、P式など、血液型分類方法は三百種類とも四百種類ともいわれている。さらにいえば、赤血球、白血球、血小板、血漿などに含まれる抗原抗体は何百種類にも上るので、それらの組み合わせで血液型を分けようとすれば、何億通りにもなってしまう。厳密に調べれば、同じ血液型をもつ人間は二人といない。つまり血液型は指紋と同じく、その人固有のものである。
大槻義彦「大槻教授の最終抗議」(集英社新書 2008)


星占い、血液型占いへの批判と日本の科学教育への提言(尻切れ)を行う。早稲田の講義(「科学とは何か」)を入れれば250ページはいっただろうに。残念。


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■ 参考リンク
大槻義彦
「科学者よ、責任を果たせ」 - 書評 - 大槻教授の最終抗議
本当は怖い血液型性格判断



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2008年12月19日

tabi0016 三砂ちづる「オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す」

現代をのびのびと生きているように見える、二十代、三十代の女性たちも、この女性のからだへの軽視がしっかりと根づいています。「別にしたくなければ結婚しなくてもいいよ」「仕事があれば子どもがいなくてもいいよ」という上の世代からのメッセージは、若い女性に一見自由な選択を与えているようですが、そこに、「女としてのからだを大切にしなさい」という大きな落とし穴があることに、あまり気づかれていません。このままほうっておけば、女性の性と生殖に関わるエネルギーは行き場を失い、日本は何年かあとに「総オニババ化」するのではないか、と思われるふしがあります。P6
三砂ちづる『オニババ化する女たち』(光文社新書 2004)


第1章が問いかけでスタートします。煽動する際の典型パターン。中西さんであれば、強烈なファクトで関心を引くんだろうと思います。そこが著者の弱いところ。

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■ 参考リンク
内田樹 『オニババ化する女たち』
内田樹 『オニババ』論争の火中に栗を拾う
情報考学 Passion For The Future
助産婦たちはどこに行った?

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2008年12月17日

tabi0013 鈴木光太郎「オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険」

心理学という部屋の掃除をしたくなった。とにかくガラクタが多すぎる。これらをまずは処分することにしよう。そうすれば、なにやらウサン臭さのある学問という心理学のイメージを多少は払拭できるかもしれない。ターゲットにするのは、現代心理学に亡霊のようにつきまとういくつかの神話である。文化人類学者のドナルド・ブラウンは、否定されているのに既成事実として何度もよみがえる人類学の話や考え方を、比喩的に「神話」と呼んでいる。ここでは、心理学のなかのそうした神話のいくつかを叩き割ってみる。もしあなたがそれらの神話をこれまで疑いもせずに真実だと信じてきたとしたら、あなたのなかの常識は音を立てて崩れるかもしれない(私としてはそうなってほしいが)。(中略)本書では、どの章にも、スキャンダラスな事件や出来事が登場する。教科書に載っている理論や実験や知見はすまし顔で鎮座しているが、実はその陰では、さまざまなドラマが繰り広げられている。心理学という科学も人間のなす営為である。だから、おもしろいし、スリリングでもある。ここでは、心理学のいわば舞台裏も見ていただこうと思う。それでは、心理学のなかの迷信や誤信がいくらかでも減ることを願いつつ、オオカミ少女の神話から始めることにしよう。Pまえがき
鈴木光太郎『オオカミ少女はいなかった』(新曜社 2008)


大掃除するといったわりには、そうでもない。もちろんオオカミ少女はいると思っていたわけだが。1章(オオカミ少女)、2章(サブリミナル)と最終章を読めば良いだろう。

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丁度いい機会なのでバイアスを簡単にまとめてみた。

■ 参考ブログ
情報考学
asahi.com 書評

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2008年12月16日

tabi0010 青木 人志「「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人」

価値の体系である法と向き合うことは、社会の中の司法の位置をどう設計するかという問題を媒介物として、究極的にはひとりひとりの価値体系を照らし出し反省することにつながってゆく。それだからこそ、法と向き合うことは、自分と向き合うのと同じくらい勇気が要る。勇気を出して法と向き合おう。ただし、希望をもって。P210
青木 人志『「大岡裁き」の法意識 西洋法と日本人』(光文社新書 2005)


本論は4章だけであり、議論も表面的。参考文献(ex「日本人の法意識」(川島武宜))にあたるのが良さそうだ。

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「日本人は「法」というと刑罰や罰則を想起し、法と権利という両輪の意識が欠如している」と語られる。税金もそうだと思うが、法律は自らを規制する制御コードでありながら、政府、行政を制御するコードにもなりうるのだ。



amazon書籍紹介より

◆「大岡裁き」の法意識とは?
・裁判所はこわい(いやな)場所である
・裁判官は人格者であるべきだ
・杓子定規でない、柔軟な解決をすべきだ
・金銭を請求するのは、強欲だ
・もめごとは、個人の問題ではなく、みんなの問題である
・勝者と敗者をはっきりさせず、「まるく」おさめるほうがいい
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2008年12月15日

tabi0009 野口悠紀雄「戦後日本経済史」

実は、銀行が産業資金供給の中心になる仕組み(「間接金融」と呼ばれる)自体が、戦時経済の産物である。それまでの日本では、企業が株式や社債を発行して資本市場から直接に資金を調達する仕組み(「直接金融」と呼ばれる)が中心だった。31年においては、企業が調達した資金のうち実に86%強が直接金融によるものであり、銀行貸し出しは14%弱に過ぎなかった。戦時経済の中で、軍需産業に資金を集中させるために、これが大きく変わった。まず、株式による資金調達に対して、配当制限などの制約が課された。他方で、銀行の強化が図られた。その結果、銀行による資金供給は、45年には全体の93%にまで膨れ上がった。戦時金融体制の中心になったのが、日本興業銀行である。また、一県一行主義によって中小銀行が整理され、銀行の総数は26年に1492だったのが45年に61になった。以後、長期にわたって、銀行の総数はほとんど変わらなかった。P35-36
野口悠紀雄『戦後日本経済史』(新潮選書 2008)


連載を継ぎ接ぎした1冊なので、通史になっているわけではない。源泉徴収制度(税制度)への見方が変わったのは良かったと思う。


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■ 参考リンク
池田信夫 blog 戦後日本経済史
Taejunomics 戦後日本経済史。

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2008年12月14日

tabi0008 高島俊男「漢字と日本人」

日本の言語学者はよく、日本語はなんら特殊な言語ではない、ごくありふれた言語である、日本語に似た言語は地球上にいくらもである、と言う。しかしそれは、名詞の単数複数の別をしめさないとかいった語法上のことがらである。かれらは西洋でうまれた言語学の方法で日本語を分析するから、当然文字には着目しない。言語学が着目するのは、音韻と語法と意味である。しかし、音声が無力であるためにことばが文字のうらづけをまたなければ意味を持ち得ない、という点に着目すれば、日本語は、世界でおそらくただ一つの、きわめて特殊な言語である。音声が意味をにない得ない、というのは、もちろん、言語として健全なすがたではない。日本語は畸型的な言語である、と言わざるを得ない。P243
高島俊男『漢字と日本人』(文集新書 2001)

言葉に携わる人だとしても文章力があるとは限らないのかもしれない。

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「言葉があるからといって文字があるわけではない。」という考えに改めて気付かされた。漢字、仮名、平仮名を生んだ和語という生き物について思索していきたい。

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2008年12月13日

tabi0007 橋本治「日本の行く道」

「日本の未来は子供の未来」で「子供達の今」には「子供達の過去」が詰まっていて、その「過去」を振り返らなければ、(おそらくは)「地球の未来」もないという、そういう三段構えのややこしさが、この本を貫く特徴でもあります。P25
橋本治『日本の行く道』(集英社新書 2007)

地球温暖化を「他人未来」を引き受けることだと考え、産業革命前か産業革命影響が表れた60年代に戻ることを提案している。ネチネチした文章の中に閃光のような文があらわれるが、「なんだこの断定は!?」と思うものも結構出てくる。笑

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答えを出さないという書き方が勉強になる。Aに迫るために、B,C,D,E,F・・・(not A)を論じていくのだ。緻密に緻密に。Not AをAのサブカテゴリーにするか、Aの下流プロセスに位置づけていく事で、Aの存在を際立たせるという書き方をしている。

とはいっても、僕にはAの想定に固執しているように見えた。Not Aに迫るプロセスでAの固執をどれだけ<辞めたか>。その逡巡さが垣間見ることができなかった。そういう文章を図解するのは大変でした。

■ 参考リンク
橋本治「日本の行く道」と布施長春の挿絵
村上春樹と橋本治

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2008年12月12日

tabi0005 内田樹 名超康文「14歳の子を持つ親たちへ」

「超えられない一線がある」というのは事実的認知じゃなくて、本当は遂行的な命令だと思うのです。「超えられない一線」というものを構築せよ、という社会的要請なんですよ、あれは。それを強い言い方に言い換えると、「一線はある」っていうふうになる。(中略)その起源における「作為性」を僕たちは忘れてしまう。人間がむりやり作り出したものを、自然の中にもとからあったものだと思いこむ。(中略)だから、もう一度、人間社会が成立した起源の瞬間まで戻って、「超えることのできない一線が私たちの内部に実在する」ということにしませんか、と(笑)。もう一回身銭を切って、フィクションを再構築しなければいけないんじゃないかと思いますけど。P26
内田樹 名超康文『14歳の子を持つ親たちへ』(新潮新書 2005)

☆☆が続いているので、選書を変えていこう。今回は、同姓のため気になる存在の樹さん。精神科医の名超さんとの対談本である。


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教育論を直には論じずに、身体論やコミュニケーション論を迂回し、チクチクと本質へ迫っていこうとする。

自己語りの依拠におけるトラウマというのは、一人の人間が人格として成り立っているのは、数え切れないほどのファクターの効果であるのに、「実はオレがこんな風になったのは、6つの時にこんなことがあったからなんだ」といような話。

そこに「嘘っぽさ」を感じるのが<エビ>である。それは、「実は、お前がそんな風な人間になっているのは、さっき食ったエビが不味かったからじゃないか(笑)」というようなメンタリティーである。

過去を前未来形で語るとは、承認や敬意や好意など自らの語りに対して解釈を自明としているということであって、そこに<エビ>性は出現しない。

■ 著者ブログ
内田 樹



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2008年12月11日

tabi0004 濱野 智史 「アーキテクチャの生態系」

アーキテクチャにせよ、環境管理型権力にせよ、それらは「人に何かを強制的に従わせるもの」という概念規定がなされています。すると不思議なもので、人は「権力」という言葉を聞くと、それに抵抗しなければならないと考えてしまう。それは何か私たちの自由や主体性(自由意志)を奪ってしまっているような気がしてしまう。これを「権力バイアス」あるいは「権力と自由のゼロサム理論」と呼んでみてもいいかもしれません。本書は、少しでもそこから自由になって考えてみたいー少なくとも、何か「悪い人」たちがそのアーキテクチャによるとんでもない支配の方法に着手するよりも前に、自由にその議論を展開し、多様なアーキテクチャのあり方について知っておくにこしたことはない。これが本書のスタンスです。P22
濱野 智史 『アーキテクチャの生態系』(NTT出版 2008)


長々と引用してしまった。本書は情報社会論ではなく、比較アーキテクチャー生態論である。

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記載したサービスは幾度も使用しているため、分類後の腹落ち感覚がある。ニコニコ動画ならぬニコニコ現実と呼ぶべきSekai Cameraが、騒動になったのも記憶にあたらしい。私的な見地からAR(拡張現実)には目をくばらせていきたい。

■ 参考サイト
書評 横浜逍遙亭
iPhoneを電脳メガネにする「Sekai Camera」がすごい件
『攻殻機動隊』『電脳メガネ』どころではない拡張現実感技術の現在



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2008年12月10日

tabi0003 ビル ストリックランド「あなたには夢がある」

私たちは時々鏡をのぞいて、真実を思い出すべきだ。自分は「ほんとうに」生きているのだ!自分の人生は「今」起こっているのだ!私たちは、人生とは夢に描くもので、この世の時間はすべて自分のものだと思っている。しかし、人生ははっきりと把握できるもの、目の前にあるもの、貴重なものという事実に目覚めるまでは、あなたの能力をすべて引き出すような、すばらしい人生は送れない。今この瞬間に起きていることが人生なのだ。この事実を受け入れないかぎり、自分の人生が完全に自分のものにはならない。自分の人生を常に追いかけることになるのだ。P160
ビル・ストリックランド『あなたには夢がある』(英治出版 2008)


「MAKE THE IMPOSSBLE POSSIBLE」の翻訳本です。訳者は、フロレーンス代表 駒崎弘樹さん。

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「他者のために、他者の渇望するものを、自分の心の声にもとづいて、築き上げなさい」
というのが本書のメッセージである。

そして、「常識/幻意識」に捉われること(それすらも抱く事が出来ない人も)から「心識/夢意識(むいしき)」に基づく在り方へ【芸術】が変えていく。

それがストリックランドの事業である。


2002年に『ロング・ラブレター〜漂流教室〜』(原作 楳図かずお)が、放映されていた時に窪塚さんが叫んでいた言葉が胸にのこっている。


「今を生きろ。この一瞬を生きろ。今、一瞬一秒を楽しめ。」


■参考リンク

訳者 駒崎弘樹




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